燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「おお、聞き慣れた声だと思ったら、おまえだったのか?」
 帳がひらかれ、あらわれたのは、太った青年だった。
「なんだ、あんたかい、メロペ」
 ナルキッソスが世慣れた笑みで闖入者をむかえ、仕方なく、アンキセウスは古びた壁際にひかえる。この時代、身分の差は絶対だ。
「おお、ちょっとこの辺りで遊んでいたら、すっかり時間がたってしまって」
 メロペからは酒の臭いがする。
 メロペのことはアンキセウスも知っていたが、それはリィウスを通してではなく、ナルキッソスの客としてだ。
 ナルキッソスはすでにメロペを客として何度か受け入れたことがあった。実をいうと、プリスクス家の財政事情などをメロペに知らせていたのは、ナルキッソスだったのだ。
 ナルキッソスは、家が没落する以前から、リィウスの知らないところで夜遊びにふけり、悪所と呼ばれるような場所に出入りしていたのだ。そして、そんな店ですでにメロペと顔見知りになっていた。
 リィウスが身を売らざるをえなくなったことを、一番先にメロペに教えたのもナルキッソスだ。
 あれほど自分を愛してくれている兄の危機を、彼が敵側の人間だと知りながらメロペに教え、いっそう兄を窮地におとしいれようとするのだから、つくづくナルキッソスという人間は始末に負えない。
(根の腐った花だ)
 内心、毒づくようにアンキセウスは呟いた。
 だが、メロペのような男は、その腐敗の臭いにかえって強く惹きつけられるようだ。それは、メロペ自身も精神にどこか腐敗したところがあるからだろう、とアンキセウスはひねくれた気持ちで分析するが、あながちまちがってはいなかった。
「久しぶりだな、いい子にしていたか?」
「ああ。あんたも元気そうだね」
 慣れた娼婦のように相手をあしらいながらも、ナルキッソスの目には訝しむような気配がある。どこか、メロペの様子が以前と違っているように見えるのだ。アンキセウスもどことなく妙に思った。
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