燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 金貨を払えるのだから、懐具合は悪くないだろうに、彼もまたこの場末の宿で、どことなく品のある良家の子息と思われる少年をもてあそぶという状況に満足を得ているようだ。
「良かったぞ、坊主。まだ若いのに、誰の仕込みだ?」
 ほんの軽い気持ちで訊いたのだろう。ナルキッソスは男に微笑んでみせた。暗黒の世界に白い薔薇が咲いたような笑みだが、その薔薇の花弁には毒虫がへばりついているのだ。
「皇帝仕込みさ」
「皇帝陛下か? そりゃいい。皇帝は今、離島でご隠居暮らしだろうに」
「昔、お相手したことがあるんだ」
 金貨を手にとって、うっとりとナルキッソスは笑う。
 ナルキッソスが笑うたびに白い花弁がほころんで、唇からは赤黒い毒虫の触手が伸びてくるようだ。けっして深入りしてはいけない。アンキセウスは、いっそ男に警告したい心持ちになった。
「なるほど、皇帝のお下がりとは。いいわけだ。今日はついていたな」
 まるで本気には取っていないのだろう。身づくろいをすませた男は、笑いながら古びた布の帳を分けて、去っていく。
 あとに残ったのは、淫靡いんびな匂いと、それをごまかすために焚かれた安っぽい香のかおり。どこからか聞こえてくる歌妓の歌声だ。こんなところで歌っているにしては、けっこう聞ける声だった。
「ナルキッソス様、気はすみましたか?」
 板戸の向こうで控えていたアンキセウスは、うんざりした想いを顔に出さないようにして声をかける。
「うん。ほら、金貨だよ。これで酒と肉を買って帰ろうよ。薬草も帰るよ」
 薬草というのは肌を美しく見せるために使うもので、この少年はひどく女性的なところがある。
 ナルキッソスの笑みは、場違いなほどに明るく、アンキセウスはやり切れない想いがした。
「……なにもこんなことしなくても、倹約すればどうにか暮らしていくことはできますよ」
 途端に、ナルキッソスの顔が不満にゆがむ。美しい顔立ちなのに、怒りや苛だちがまさると、悲しいほどにゆがんで見える。
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