燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 どれぐらい時間がたったか。幼かったタルペイアは恐ろしさのあまり石のように固まって、室の片隅でふるえながら、見ているしかなかった。
 母の悲鳴と、グナトンの絶叫、やがて流れる血の匂いが、タルペイアの見聞きしたすべてだった。
「連れていけ!」
 暴行の果てに半死半生となっている彼を、てっきり彼らは戸外へ連れだすのだと思っていたが、男たちの向かった先は、厨房だった。
 このあとのことは、後に事情を知った娼婦たちから聞かされた話で、タルペイア自身が見たわけではなく、すべてが夢の世界のように曖昧模糊あいまいもことしていた。

(ひどかったね、あいつら、ちょうど補修中だった地下倉庫の壁漆喰のなかに、死体を埋め込んだんだよ。呼ばれた工人たちが漆喰壁を泥で埋めるとき、たしかに男の泣き声をあたしゃ聞いた)

 厨房の下働きのおうなの言葉から娼婦たちは推測した。おそらく、グナトンの遺体は――壁に埋められたときはまだ遺体とは呼べなかったが――壁のなかで朽ち果て、今もその骨は鼠にかじられながらも壁の奥に残っているのであろう、と。この館には、男の死体が埋まっているのだ。
 だが、それは今のこの時代、めずらしい話ではなかった。ある程度大きな建物なら、どこの家でもかならず主人の不興を買った使用人や、なんらかの理由でひそかに密殺された家人の、あわれなむくろのひとつやふたつは、家の地下か庭の片隅に埋められているものだ。そんな骸を糧として庭園の花は咲き、鼠や虫が列柱廊の隅を這いまわっているのがローマの常識だった。
 幼いころ、その目でみただけにグナトンの死と、骨が埋まる地下倉庫はひどくおそろしく思えたが、数年前にも、客に嬲り殺された娼婦の死骸を、集合墓地コルンバリアへはこぶ手間を惜しんで、裏庭に埋めたこともあった。
(たいしたことじゃないわ……)
 幾度となくタルペイアはおのれに言い聞かせてきた。
 たいしたことではない。ローマでなくとも、どこの土地でもよくあること。どこでも土を掘り返せば骨のかけらが見つかるものだ。
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