燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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(泣いている場合ではない……)
 そうだ。もはや泣いてもどうにもならない。これからもあることなのだ。それを覚悟でこの店にとどまったのではなかったか。リィウスは自分を叱咤する。
 そう思ったとき、物音がして、扉の所に人影があらわれた。
「どうなの、調子は?」
 声の主はタルペイアだった。
「……大丈夫だ……」
 どうにも答えようがなく、かろうじてそんな言葉をしぼりだしたリィウスを、タルペイアは面白そうに見ている。
「まぁ、よくやった方よ。ディオメデスはご満悦で帰ったわよ。珍しいことよ、あの客が満足して帰るなんて」
 今までは、不機嫌や不満足そうにこそは見えなかったが、さして楽しそうな顔を見せたことはなかったという。
「また来るわね。近いうちに必ず」
 リィウスは背骨がこわばるのを自覚した。
「いい、うまくやるのよ。あの客はうちの店でもかなりの上客よ。うまくたらしこめば、この先楽ができるわよ」
 たらしこむ、などという真似が自分に出来るだろうか。昨夜、散々いいように扱われたのは自分の方なのに。
 リィウスは昨夜のことを思い出して、いたたまれなさに目を伏せる。
「なによ、そんなやる気のなさそうな顔をして。今さら純情ぶってどうするの? あんたにはもう男娼として生きていくしか他に道はないのよ」
 タルペイアの言葉に、リィウスは唇噛んでうつむくしかなかった。

 三日目の夜、リィウスはタルペイアを室でむかえた。彼女の左右には、リィキンナと、もう一人べつの銀髪の娼婦がいる。あまり口を聞いたことはないが……たしか名はベレニケだ。
「気分はどう?」
 リィウスはタルペイアの問いに曖昧にうなずいてみせる。
 なんとか身体は回復したが、心はまだ先日の凌辱行為の傷にきしんでいる。そんなリィウスの気持ちなどおもんぱかってくれる女でないことは知っていたが。
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