燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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(まして、こいつの種だけは欲しくないわね)
 避妊に効くという酢と檸檬汁を混ぜた薬をあらかじめ秘部に塗っておいたから大丈夫だとは思うが、それでもみごもることもあり得ると先輩娼婦が言っていた。ヒマラヤ杉の樹脂やビャクシンの精油を飲めばいいとも言われて飲んでみたが、身体に合わなかったのか気持ち悪くなったので止めた。
 つくづくこんな仕事はしたくないと、ベレニケはメロペの分厚い身体に押されながら、切に思う。
 だが、女に、それも中流以上の家庭に生まれ育った女に、他にどんな仕事があるだろうか。糸を紡いではたを織ることぐらいは多少できるが、それで親きょうだいを養うのは無理だ。多少は歌舞かぶのたしなみもあるが、身を売らずにそれだけで生きるのは、本職の女でも難しい。柘榴荘にも何人か歌や踊りのうまい娼婦や七弦琴を弾きならす娼婦もいるが、彼女たちは幼い頃から練習にかなりの時間を費やしてきたことをベレニケも知っている。ベレニケが今から習っても到底無理だろう。
 せめて……、ベレニケは幾度目かその言葉を胸内で呟いた。
(せめて、ディオメデスの相手ができれば……)
 たとえ一度でも、あんな凛々しい容貌の、若く、見るからに高貴な青年の相手をできるのなら、どれほど幸せだろう。
 そして、これもまた幾度目かの想いに身を焦がした。
 アスパシアが憎らしい……、と。

「なぁ、あの話、どうなったんだ?」
 ベレニケは情事のあとの気だるさを引きずりながら、問い返した。
「あの話って……?」
「ほら、新しい娼婦、というか男娼が来ると言っていたじゃないか?」
「ああ、あの話ね」
 柘榴荘の商品は八割は女だが、二割は男である。ときには客の要望にこたえるために、他の店から特殊な技術を持った売れっ子娼婦を呼ぶこともある。
「どうやら決まったようよ」
 だるさと戦いながら、ベレニケは、どうにかメロペを機嫌悪くさせない程度の愛想をこめて言葉をはなった。やはり客である。怒らせてはまずい。
「私はそのとき用事があってまだ顔を見ていないけれど……。綺麗な人だと見た子が言っていたわ」
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