燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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妖花の園 一

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「久しぶりだな。どうしていた、ベレニケ?」
 入ってきた客を見て、ベレニケは必死にこわばった笑みを浮かべた。そして、急いで言葉をひねり出す。
「寂しかったわぁ、何故来てくれなかったの、メロペ?」
 ベレニケは魅力的だと客に褒められる、ぱっちりとした青い目を乙女のように輝かせる努力をした。
「すまん。いろいろ忙しくてな」
 メロペが頬をくずす。若い男だというのに、どこかその笑いにはねっとりとしたものがあってベレニケの背を冷えさせる。抱きしめてくる相手の腕が胸に触れると、嫌悪にのけぞりたくなるが、相手はそれを違う意味にとってくれたようで、相好をくずしっぱなしだ。
 この娼館の女の多くがそうであるように、ベレニケも元はそこそこの名家の令嬢だった。父が出世争いで失脚して、その後亡くなり、残された母は妹たちを食べさせるために泣く泣くベレニケ――当時は親が付けた別の名前で呼ばれていたが――を、柘榴荘に売りわたしたのだ。 
 ベレニケにとって不幸なのは、このメロペが、父を失意に追いやった敵の息子だということだ。
 メロペ自身はそのことを知らないようだが、彼が父親につれられて成人の義のためにこの館に連れてこられたときのことは、一生忘れられないだろう。
(これの相手を頼むよ。おまえの父親とは長い付きあいだったからな。安心して頼める)
 そういって笑ったメロペの父ウィタリスの、息子とよく似ている細いいやらしい目が忘れられない。親子は背格好もよく似ていた。ウィタリスはどうみてもそう人から好かれる風体ではないが、それでも持前の強欲さと権勢欲で、大物政治家や貴族との付きあいが広く、なかなか羽振りもよい。仕事は弁論家だけではなく、裏でいろいろ商売に投資しているとも聞く。
 かつて自らが葬り去った相手の遺児を、息子の初めての相手として選ぶところが、男の異常な残酷さと、いったん嫌った人間は、その娘までとことん苛めぬかねば気がすまない、という粘着質ぶりを物語っている。
 ベレニケは、そのとき十九歳だった。娼婦としてはすでに新米というわけではなく、そこそこ中堅の立場だったが、それでもメロペの相手は苦痛だった。父の仇の息子というだけではなく、自分より若いはずのメロペには、まったく少年らしい初々しさや、青年になりはじめた男子の持つ清々しさ、純情さが感じられなかったのだ。
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