燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 身を売る、とは、買われるとは、まさに魂を切り刻まれほどに屈辱的で苦痛だと、今リィウスは身に染みて実感した。
 だが……、
(逃げることはできない……)
 逃げようもない。
(家のためだ。……ナルキッソスを守るためだ)
 リィウスは唇を噛むと、ふるえる指先で留金をはずした。
 カチリ、と金属的なその音が、なぜか無性に淫靡にひびく。
 トーガが、肩からくずれるように落ちる。
 妖しげな衣擦れの音が立つ。
 下に着ていた薄手の衣も、ふるえる指で紐をほどき、一呼吸して脱ぎ落す。
 肩、胸、腹、そして脚にあるかなしかの風を感じる。
 すぐ目の前にいるリィキンナの黒目が雌豹のようにするどく光ったのが、顔を伏せた瞬間、リィウスの視界に入った。
 高潔を思わせる純白の百合の花びらが、ひとひら、ふたひらと、落ちていくのを思わせるような風情をただよわせ、リィウスは衣を脱ぎ終えた。
「どうしたのよ、まだ残っているでしょう?」
 恥ずかしがると、かえって恥辱がまさるだけだと自覚しつつも、下帯の紐をほどくときは指がふるえた。
 顔はおろか耳たぶまで発熱したかのように熱く感じる。
 どうしても顔を上げることができないでいるので、自然、リィウスの視線は床の大理石へと向かう。高級とされるウミディア産の白亜の石のうえに、うっすらと、壁際の晶燈ランプのともし火によって、おぼろな陰影が浮かびあがる。この石床は、今までにどれほど奴隷たちの哀しい影を映しだしてきたのか。
 ほっそりとした四肢、揺れる巻き毛の髪。女のように羞恥に怯えている様は、さぞ滑稽だろう。石の鏡に映った己の影を、リィウスはやるせない想いで見つめた。
「こっちを向きなさい。駄目よ、手を下ろしなさい。おまえの身体はもう商品なのよ。主の私がこの目で検分しないと」
 泣き出したいのを堪えて、リィウスは両手を握りしめ、あえて胸を張って、死ぬ想いで顔を上げた。
「ふうん……。衣の上からだとひょろひょろして見えたけれど、こうしてよく見るとけっこう筋肉がついているのね。意外と逞しいじゃない。……雪花石膏アラバスターの彫刻品みたいだわ」
 最後の言葉をタルペイアは溜息まじりに吐いた。
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