黄金郷の夢

文月 沙織

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再開花 十一

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 ディオの手がアベルの手を取った。
「では、これから毎晩、余の、いや、私の褥で寝るが良い」
「仕方あるまい。それで我慢してやる」
 二人の口調は主従でも君臣でもない、対等な人間同士のものだった。
 ディオがアベルの両頬を手にはさむようにして、唇を近づけたとき、アベルはきびしく告げた。
「言っておくが、おまえが私にしたことを許したわけではないぞ! 一生許す気はないからな。この先、責任をとってもらうために一緒に住むのだ。私はおまえを愛してなどいない。これから先、一生恨みつづけるために側にいることに決めたのだ」
 今でもアベルは複雑な気持ちだ。
 考えてみれば、祖国にも戻らず、ディオのもとへも行かず、別の土地へ逃げるという選択もありえた。
 だが……アベルは本能で知ってしまっていたのだ。もはやどのみち自分が一人で生きることはできないということを。
 あれほどに異常で狂的で濃密な熱波に翻弄されてしまったこの身体と心では、この先とうてい一人で平凡に普通の人生を生きるということは出来ないという事実を。
 アベルは頬に熱を感じながら、おのれの身体をこんなふうに作り変えてしまった憎い相手を見た。
 その目線を受けて、ディオは頬をくずした。
「そうか、そうだな。それならば、私もそなたに責任を取ってもらおう」
「なんのことだ?」
「そなたのために私は狂った。何もかもすべて捨てても、そなたさえいればと願い、そのとおりにした」
 アベルはディオによって運命を狂わせられたが、ディオにしてみると、アベルこそはディオの運命を狂わせた張本人なのだ。その美しい顔と身体と魂で。
 そして、それは事実だった。

 これより二十年後、新王の治世は終わりをつげ、グラリオンは永遠に帝国の支配下におかれることになり、国体を完全にうしなう日がくる。
 後世の人々は、剛健で勇敢だった、男らしい美貌の青年王ディオを狂わせ、グラリオン終焉の原因をつくった異国の伯爵を恨み、傾国傾城けいこくけいせいの男妾と語り伝え、吟遊詩人たちは物語のなかで、アベルをとんだ妖女か悪女のようにうたいひろめた。
 さらに後の世になると、帝国で流行はやった例の淫画はグラリオンにも伝わるようになり、壮絶な官能絵はアベルの〝淫婦〟としての悪評をいっそうたかめることになるが、それはずっと後のこと。
 これからしばらくは、権力や政治から遠のいた廃王と失墜した貴族は、ともに辺境の領地で静かに暮らすことになる。
 黄金の宮城きゅうじょうを遠くはなれたひなの地の、荒廃した屋敷の奥室は二人にとって永遠の花園となり、外界の風をいっさい遮断して、禁じられた蜜の日々をたのしみながら過ごすことになった。
 A伯爵という名でのこされたアベルの百枚ちかくにおよぶ絵は、のちのちまでつたわり、帝国の治世が変わっても、芸術史の片隅にアベルは永遠にその妖艶かつ悲哀に満ちた美をとどめることになる。
 帝国の子孫はグラリオンの子孫とちがって、アベルを国際外交の生贄いけにえにされた哀れな犠牲者、〝悲劇の美女〟として哀れみ、かつ、その禁断の美を、こっそりとたたえた。
 貞淑な良家の子女や、教育を受けた紳士たちであっても、青春の目覚めの季節には、ひそかにアベルの絵を枕の下にしのばせた。その画集をもとにして、『A伯爵調教日誌』、もしくは『A伯爵の物語』という題で、数世紀のちには、映画や小説にもされ、それらはけっして主流となることはなくとも、文芸文化の一片として評価されたりもした。
 辺境に消えた悲劇の麗人の面影おもかげは、どこか妖しい物語めいて衝撃的であるがゆえに、永久に人の記憶にのこり、のちのちの世まで人々の胸をときめかせ、ざわつかせ、熱くさせ、アベルという歴史に消えたひとりの人間の生涯は、グラリオンにおいても帝国においても、妖美と哀愁に満ちた物語として永劫つたえられることになり、子々孫々まで、人々はその物語に魅入られ、酔わされることになる。
 
 A伯爵の画集の末尾にはこうある。
 作者、ドミンゴ=カマノ。享年三十三歳。安宿にて発狂死した、と。

                                       終わり

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感想 1

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みんなの感想(1件)

rinz
2019.05.03 rinz

素晴らしくて1日で読破しました!!!
ありがとうございました!

2019.05.03 文月 沙織

ご感想ありがとうございます。
自分でも自覚ありますが、「アルファポリス」の作品としては浮いている方なので、こうして読んでくださった方のご感想が読めると、励みになります。
現在、別作を書いていますが、なんとかまた発表できたら、と思っています。
文月沙織

解除

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