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再開花 十
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国境あたりのふるびた屋敷で蟄居同然の日をおくっていた廃王のもとを、その日、ひとりの旅人がおとずれ、門をたたいた。
彼を迎えた者たちは驚きの目で見た。
「陛下、いえ、お、お館様、お客様が」
老いた宦官があわてて主を呼ぶと、奥室から顔を出した主は、彼ら以上に目を見張った。
「何故来た?」
客は日よけの布を落とした。庭から差しこむ陽光に、金色の髪が光を弾く。
「……帝国にもどる気が失せたので、ここに置いてもらおうと思ってな」
アベルは平然と言いはなつ。
「見てのとおり、荒れた屋敷だ。ここでは絹の衣も宝石もあたえてやることはできぬぞ」
ディオ王、いやディオ太守は、信じられないものを見るように旅装すがたのアベルを見ている。
「……祖国にもどれば、私は公爵の慰み者にされることになる。それぐらいならここで、ゆっくり若隠居もいいと思ってな」
「公爵が?」
アベルの説明を聞くと、ディオは凛々しげな顔を怒りにゆがめた。
「あやつ、そんなことを考えていたのか!」
アベルの将来の安泰を条件に降伏したディオにとっては、騙されたようなものだ。
ひとしきり怒りがおさまると、ディオは気になったように訊いた。
「……そなた一人でここまで来たのか?」
「途中までエリスがついてきてくれたのだが、追手につかまりそうになって……私をかばって怪我をして……」
エリスは必死にアベルを逃がしてくれた。間一髪のところでアベルは追手を振り切ったが、エリスはとうとう追いついてこれなかった。
エリスは、追手によって連れ戻されることになるが、その際、顔に傷を負うことになり、幸か不幸か、その怪我のせいで宰相の憐憫を買い、お咎めは軽くすんだという知らせを、年二回、扶持を持って来るグラリオン宮殿の使者が知らせてアベルを安心させてくれたのは、これより一月後のことである。
エリスは、その後は後宮で、かつて得た薬草の知識をもとに薬師として仕事に励むことになり、宦官としてはそこそこ充実した人生を生き、五十四歳で死ぬことになる。
一方、おなじく菫だったアーミナは、下働きに落とされたまま、不満と不遇のなかで麻薬にふけり、二十歳になるまえに命を落とすことになる。厨房の裏庭でこと切れていた彼の顔は、麻薬にむしばまれ、老人のように醜かったと。そのことをアベルが知るのはずっと後のことである。
「私はもう祖国に帰る気はない。おまえには、責任を取ってここで私を養う義務があるはずだ」
一瞬、また目を見張り、ディオは苦笑した。
「物好きな奴じゃ。……この荒れ果てた屋敷で暮らしたいのか? 贅沢はできんぞ」
「もともと貧乏貴族だったのだ。質素な生活には慣れている。寝る部屋さえあればいい」
彼を迎えた者たちは驚きの目で見た。
「陛下、いえ、お、お館様、お客様が」
老いた宦官があわてて主を呼ぶと、奥室から顔を出した主は、彼ら以上に目を見張った。
「何故来た?」
客は日よけの布を落とした。庭から差しこむ陽光に、金色の髪が光を弾く。
「……帝国にもどる気が失せたので、ここに置いてもらおうと思ってな」
アベルは平然と言いはなつ。
「見てのとおり、荒れた屋敷だ。ここでは絹の衣も宝石もあたえてやることはできぬぞ」
ディオ王、いやディオ太守は、信じられないものを見るように旅装すがたのアベルを見ている。
「……祖国にもどれば、私は公爵の慰み者にされることになる。それぐらいならここで、ゆっくり若隠居もいいと思ってな」
「公爵が?」
アベルの説明を聞くと、ディオは凛々しげな顔を怒りにゆがめた。
「あやつ、そんなことを考えていたのか!」
アベルの将来の安泰を条件に降伏したディオにとっては、騙されたようなものだ。
ひとしきり怒りがおさまると、ディオは気になったように訊いた。
「……そなた一人でここまで来たのか?」
「途中までエリスがついてきてくれたのだが、追手につかまりそうになって……私をかばって怪我をして……」
エリスは必死にアベルを逃がしてくれた。間一髪のところでアベルは追手を振り切ったが、エリスはとうとう追いついてこれなかった。
エリスは、追手によって連れ戻されることになるが、その際、顔に傷を負うことになり、幸か不幸か、その怪我のせいで宰相の憐憫を買い、お咎めは軽くすんだという知らせを、年二回、扶持を持って来るグラリオン宮殿の使者が知らせてアベルを安心させてくれたのは、これより一月後のことである。
エリスは、その後は後宮で、かつて得た薬草の知識をもとに薬師として仕事に励むことになり、宦官としてはそこそこ充実した人生を生き、五十四歳で死ぬことになる。
一方、おなじく菫だったアーミナは、下働きに落とされたまま、不満と不遇のなかで麻薬にふけり、二十歳になるまえに命を落とすことになる。厨房の裏庭でこと切れていた彼の顔は、麻薬にむしばまれ、老人のように醜かったと。そのことをアベルが知るのはずっと後のことである。
「私はもう祖国に帰る気はない。おまえには、責任を取ってここで私を養う義務があるはずだ」
一瞬、また目を見張り、ディオは苦笑した。
「物好きな奴じゃ。……この荒れ果てた屋敷で暮らしたいのか? 贅沢はできんぞ」
「もともと貧乏貴族だったのだ。質素な生活には慣れている。寝る部屋さえあればいい」
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