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再開花 六
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「へえ? そんな女がなぜ、こんなふうに大部屋に入れられているんだ? しかも、おまえ、ヴェールをしていないじゃないか? グラリオンでは身分ある女は顔を隠すものだろう?」
揶揄われるように言われて、女は長い黒眉をきりり、と吊りあげた。言わずとしれたアイーシャである。
「うるさいわね! ヴェールも宝石も取られたのよ!」
他の側室たちは帝国に譲渡されるにしても、それなりに身分ある貴族のもとへわたされることを宰相は約束したが、こと、このアイーシャに関しては冷酷だった。
もとから彼女の出自が低いこともあるが、彼女の淫奔、増上慢ぶりは、そうとう彼の反感を買っていたようだ。淑女のしるしであるヴェールを取り上げ、持っていた衣や宝石、高価な持ち物すべてを没収したうえで、下女ばかりの大部屋に押しこんだのだ。
「たしかにいい女だな。これは高く売れるぞ」
「はなして! はなしてよ! はなせぇ!」
「うわ! 畜生、噛みやがった! おい、待て!」
男たちの腕をふりはらい、アイーシャは走りだした。周囲の者はみな目を丸くして見ている。すでに完全降伏したグラリオン宮殿で、ここまで無謀に自分たちに逆らう彼女の行動は、東方の女は物静かだと思っていた彼ら西の男たちにとっては、驚倒ものだったのだ。
アイーシャは、息を切らして走りつづけた。
廊下を抜け、石の階段を上がり、屋上へと出る。
風が吹いて、アイーシャの頬を嬲る。
眼下には、宮殿の中庭が見える。泉水や七色の花にあふれた秘園は今も美しく輝いて見る者の目を圧倒する。その素晴らしい景色が、今日はなぜかひどく寂しげに見えた。
少し目先を変えると、今ちょうど、門を出ていく行列が目に見えた。
行列といっても、人数は少なく、身なりも質素だ。それでもアイーシャには、真ん中あたりの白い馬に乗っているのが、王、いや、前王だと知れた。
「陛下……」
かつて……、アイーシャがまだ後宮に入るまえ、アイーシャは娼館の窓から遠く、当時兄王子の死によって王太子になったばかりのディオ王の御幸の行列を見たことがあった。
前後を兵たちに守られ、白銀の甲冑に身をつつみ白絹の衣の裾を風になびかせ、人々の歓呼の声のなか、花びら散る都大通りを行くディオ王は、前途を祝福された神の子、太陽の申し子のようだった。誰が見ても、彼の未来には輝かしい栄光の日々しかありえなかったろう。
後宮に入れば、あの未来の王様の寵を得ることができるかもしれないよ……。冗談まじりに娼館の遣り手婆がつぶやいた一言を支えに、アイーシャはここまで来たのだ。
揶揄われるように言われて、女は長い黒眉をきりり、と吊りあげた。言わずとしれたアイーシャである。
「うるさいわね! ヴェールも宝石も取られたのよ!」
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もとから彼女の出自が低いこともあるが、彼女の淫奔、増上慢ぶりは、そうとう彼の反感を買っていたようだ。淑女のしるしであるヴェールを取り上げ、持っていた衣や宝石、高価な持ち物すべてを没収したうえで、下女ばかりの大部屋に押しこんだのだ。
「たしかにいい女だな。これは高く売れるぞ」
「はなして! はなしてよ! はなせぇ!」
「うわ! 畜生、噛みやがった! おい、待て!」
男たちの腕をふりはらい、アイーシャは走りだした。周囲の者はみな目を丸くして見ている。すでに完全降伏したグラリオン宮殿で、ここまで無謀に自分たちに逆らう彼女の行動は、東方の女は物静かだと思っていた彼ら西の男たちにとっては、驚倒ものだったのだ。
アイーシャは、息を切らして走りつづけた。
廊下を抜け、石の階段を上がり、屋上へと出る。
風が吹いて、アイーシャの頬を嬲る。
眼下には、宮殿の中庭が見える。泉水や七色の花にあふれた秘園は今も美しく輝いて見る者の目を圧倒する。その素晴らしい景色が、今日はなぜかひどく寂しげに見えた。
少し目先を変えると、今ちょうど、門を出ていく行列が目に見えた。
行列といっても、人数は少なく、身なりも質素だ。それでもアイーシャには、真ん中あたりの白い馬に乗っているのが、王、いや、前王だと知れた。
「陛下……」
かつて……、アイーシャがまだ後宮に入るまえ、アイーシャは娼館の窓から遠く、当時兄王子の死によって王太子になったばかりのディオ王の御幸の行列を見たことがあった。
前後を兵たちに守られ、白銀の甲冑に身をつつみ白絹の衣の裾を風になびかせ、人々の歓呼の声のなか、花びら散る都大通りを行くディオ王は、前途を祝福された神の子、太陽の申し子のようだった。誰が見ても、彼の未来には輝かしい栄光の日々しかありえなかったろう。
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