黄金郷の夢

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
142 / 150

再開花 三

しおりを挟む
 自分はこんな顔をしていたのか、と驚愕と羞悪しゅうおのあまり、アベルの紙束を持つ手はふるえた。
 さらにアベルを完膚なきまでに打ちのめしたのは、絵の下にある添え書きであり、これもまたこの当時、巷に氾濫していた淫書のように、おどろおどろしいような煽情的な文章で表現されたものだった。
『高貴なA伯爵は、哀れ、異教徒の奴隷になりさがり、異形の宦官たちによって嬲りものにされ』
『卵を挿れられ、苦しむA伯爵。だが、その顔はいつしか快楽にゆがみ』
『無情。残酷な側室によって、木馬乗りを強制されるA伯爵。最後には腰を振りつつ、下僕の名を呼び』
『無理やりに女物の下着をまとわせられ、うつむく伯爵。その様は卑猥の一言』
 など、気の遠くなるほどに淫らがましく、しかも事実を毒のある言葉で描写しているのだ。アベルは本当に失神しそうになった。
「ああ……」
 これらの絵は、すでにエゴイの指示によって複写され、すでに帝国内の貴族のあいだで出回っているという。
 本名は伏せられているとはいえ、美貌で知られたアベル=アルベニス伯爵が異国に向かってから消息を絶ったことは噂になっており、その時期にこういうものが出回れば、見た者は当然、A伯爵がアベルだと見当をつける。もちろん、画家の想像だと言うこともできるが、これほど精細かつ微細に描かれてしまうと、絵の世界のことが、真実のこととして受け取られてしまいかねない。いや、これを見た者たちは、まちがいなくA伯爵にアベルをかさね、想像のなかでアベルを汚しているのだ。
 これから先、この絵が世に出回りつづけるかぎり、アベルは名誉を傷つけられ、冒涜されつづけることになる。仮に絵の出版を禁じたとしても、すでに出回ったものから複写されることもありえるし、なにより、いったん見た者は、けっして忘れてはくれない。アベルは、貶められ、汚された者として世間に二度と顔向けできないまま生きることになるのだ。
「アベル……可愛い」
 倒れかけたアベルを腕に抱きしめ、エゴイが囁くのを、アベルは睨みつけた。
「よ、よくも、こんなひどいことを……」
 恨みをこめて吐き出した言葉は、男にはなんの痛痒もあたえなかった。
「ふふふ。怖い顔も可愛いな。もっといいことを教えてやろう。最初は好事家こうずか数人に渡したものだが、あっという間に評判になってな。今や、宮廷じゅうの貴族で知らぬ者はいないぐらいだ。裕福な庶民たちの手にもわたっている。要望があまりに多いので、職人の数を倍に増やして、量産するつもりだ。ご婦人からの注文も多いと聞くぞ」
 驚愕と衝撃のあまり言葉をうしなっているアベルの耳に、さらにエゴイは囁く。
「続きが見たいという問い合わせも後を絶たない。今日の結婚式の様子もすべて絵に描いてもらうつもりだ。皆、おまえの美しい絵を見たくてうずうずしているぞ」
「な、なぜ……!」
 なぜ、ここまでするのか、という問いに、エゴイは激しい抱擁でこたえた。
「なぜ? おまえを完全に俺のものにするためだ」
 男の熱をふくんだ息が首や耳に当たり、アベルはいっそう苦しくなる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...