黄金郷の夢

文月 沙織

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グラリオンの黄昏 二

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 アベルの真珠色の頬に涙が伝った。
「アベル……どうした?」
 問われて答えられるわけもなく、背面座位はいめんざいの姿勢で犯されながら顔を伏せるアベルをどう思ったのか、ディオ王が、頬にながれる水滴に口を寄せ、舌でそれをすくう。
「愛い奴じゃ……。本当に……可愛い奴じゃ」
 めずらしく揶揄も嘲弄もない真摯しんしなつぶやきは、アベルの耳に聞こえたか。
 グラリオンーー神の目がおよばぬ背徳の地。
 アベルの祖国の人々は、その国の不道徳と荒廃を非難し、蔑視していた。だが、ここは、たしかに道徳も良識も正義もない世界にゆるされた徹底的な快楽の夢を見れる、ある種の黄金郷だった。
(ああ……もう、すべて忘れたい)
 高貴な貴族であったことも、高潔な騎士であったことも、女王の忠臣であったことも、もはやすべてが遠い夢の世界のことになっていく。そう思うことで、今のアベルは怯えて傷ついた魂を守りたかったのかもしれない。
 そうして、グラリオンの享楽と背徳の一日は過ぎていった。
 
 人々は、白霞のむこうでくりひろげられている王と〝王妃〟の濃密な痴戯を想像しながら、おおいに飲み、食い、このときのために呼ばれた美人や美童、美形の宦官相手に遊楽にふけっていた。
 招かれていた大使たちも、グラリオンの淫風にすっかり染まって、悦楽に酔っている。
 麝香のかおりが広間に充満し、楽士たちが官能的な音楽をかなでる。身体がほとんど透けてみえる七色の薄布をまとった踊り子たちが、音にあわせて淫靡に腰をひねる。皆、誰しも淫魔に魅入られたようにひたすら快楽をむさぼる。グラリオンにおいてもひどく乱れた、ひどく淫らな酒池肉林しゅちにくりんの時が過ぎていく。
 そして、そのときは来た。

 ズシン、と世界が壊れる音が宮殿中に響きわたったのと、この国では見慣れない甲冑姿の男たちが広間になだれこんできたのは、ほぼ同時だった。
「な、何事だ!」
「て、敵襲だ!」
「ま、まさかこんな所まで? 兵達はなにをしているのだ?」
 すっかり鯨飲馬食げいいんばしょくにふけっていた延伸たちにとっては、まさに青天の霹靂だった。
 あわてふためく臣下たち、呆然とする外国大使たち。女たちは悲鳴をあげて逃げだす。踊り子の一人が半裸のまま廊下へ逃げ出すと、彼女の朋輩たちも駆けだす。
 兵たちは逃げる女には目もくれないが、向かっていった宦官兵の数人や、武人たちには容赦なく、彼らは血をながして床に倒された。床を汚す血の色に、他の男たちは色をなくして立ちつくすだけだ。享楽を愛し、悦楽を正義と信じて生きるこの国の臣たちは、こういったときは本当に無力だ。
 敵兵たちの先頭にいたのはエゴイ=バルトラ公爵だった。
 公爵は持っていた剣で褥を囲う白網を切り裂く。
「何事じゃ!」
 このとき、ディオ王は完全に隙をつかれた形になっていた。
 丸腰でほぼ全裸である。いそいで衣で下肢をおおったが、つい先ほどまで〝新妻〟との快楽に耽っていた彼は、完璧に虚をつかれた形になった。まさにディオ王は一世一代の不覚をとったのだ。
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