黄金郷の夢

文月 沙織

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最後の一日 三

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 咄嗟とっさに王はおのれの指をアベルの口腔に強引に突っ込んできた。
「死んで逃げるのは許さんぞ。そなたは永遠に余のものだと言ったであろう」
 口調はいさめるようだが、黒い目は笑っている。笑っているだけに、その瞳は一条の光もない、救いようのない惚闇つつやみを思わせるほどに冷たい色を放っていた。
 ガタガタという音が響き、宦官兵たちによって木馬が運ばれてくると、客たちがどよめいた。
 全身まっくろの黒檀造りのそれは、見ようによっては見事な工芸品にも見えるが、背には猥褻きわまりない器具が備わっている。
 客たちの驚嘆と好奇の吐息に広間の温度が上がった。男たちの発した吐息は天井であつまり、はねかえり、広間全体を桃色に染めていく。誰しも頬を紅潮させ、かすかに目を潤ませ、これから行われることを興味津々で待っている。
 皆、麗人が堕とされていく様が見たくて仕方ないのだ。
 異国の、たぐいまれなる美貌の貴公子が、完膚なきまでにおとしめられるすがたを想像して、彼らは股間を熱くさせている。
 最前列の客などは身を乗り出し、じりじりと迫ってくる。そのなかにはアビラ子爵の顔もあり、彼はもはや、好奇心と欲望を隠せず、浅ましくも、〝舞台〟にかぶりついてこようしているのだ。
 今から子爵やエゴイのまえで、人ではなくなるほど浅ましい姿をさせられるのかと思うと、アベルは泣きわめきたくなった。
(な、なぜ……!)
 何故、自分はこれほど惨めな目に遭わされなければならないのか。
 指を詰めこまれてはいても、その想いは声となって外へ出ていたようだ。王がアベルの顔を見つめ、唇の端を吊り上げた。
「なぜなら、恥辱に泣きじゃくるときのそなたが、一番美しいからじゃ。……そなたは、グラリオンに舞い降りた女神じゃ」
 ふざけた言葉に逆鱗をひっかかれたアベルは顔をゆがめた。
(なにが女神だ!)
 後半の言葉をうっとりと呟いたディオ王に、アベルは峻烈しゅんれつな視線を向けた。
 刹那、王の、アベルの口に突っこんでいた指から一滴、血がしたたり、周囲の宦官たちがあわてふためく。
「この絹紐で伯爵の口を」
 カイが青ざめた顔で紐を差し出す。
 アベルの口をいましめる紐と取り替えるために、とりあえず王が指を引き出そうとした瞬間、アベルは唾液と血まじりの液体を、王の顔めがけて吐き出していた。
「あっ!」 
 仰天して叫んだのカイだ。王は身動きしない。
 周囲の者も真っ青になったが、ディオ王は満足そうに笑っているだけだ。
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