黄金郷の夢

文月 沙織

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初夜散華 八

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「おお、可愛い。よしよし、泣くな。恥ずかしいことなど何もない。さ、もう一度感じるが良い」
 恐ろしい言葉にアベルは息を切らした。
「や、やめて、もう許してぇ」
「今度は、乳首で遂かせてやろう。ほれ、」
 背後からまわされた王の両手が、アベルの胸をまさぐりはじめる。
「ひぃぃぃぃっ!」
 先端の突起を指でいじられ、アベルはのけぞらずにいられない。
「やめ、やめ! もう、やめ!」
 今度は時間がかかった。だが、王は異教徒の暴君にあるまじき気の長さでもって、アベルを絶頂へとみちびく。
「ほれ、どうじゃ、ここは? 良いか?」
「うう! ううん……! いや、痛い、いや」
「痛いだけではないじゃろう? 感じておるではないか? ああ、本当に可愛い……。なんと可愛い奴じゃ。もはや、絶対手放さぬぞ」
「あー……!」
 怖れた世界へと到達しそうになった瞬間、アベルは顔に空気を感じた。
 客たちの息を飲む音――。
 顔をおおっていたヴェールを剥ぎとられたと気づくに数秒かかった。
「はあ……ん……」
 エメラルドに輝いていた鮮烈な意志を秘めた瞳は、今はなまぬるい光を帯びた葡萄石ぶどうせきのよう。白い頬はあわく紅色に燃えて、かつては怜悧に輝いていた肌は、今はねっとりと油をふくんだようになよやかだ。だらりと力の抜けた身体は王がささえていないと崩れてしまっていたろう。そこにはかつての勇敢で気位たかい青年貴族の面影はまるでない。
 アベル=アルベニス伯爵は、今、完全に女になっていた。
 男の腕のなかで、与えられた快楽に淫蕩に染めあげられ、その顔も身体も晒しものにされ、客たちの目に嬲られている。
 笑って見ている者も多いが、紅閨こうけいのあまりにもあられもないすべてを見せつけられて、客のなかには、呆然としている者もいる。若い客などは目を伏せたり、もじもじしている。
「バルトラ公爵、よいか、今見ている全てを祖国に帰って女王に報告するがよい。伯爵が余の腕のなかでいかに可愛く泣いたか、すべてを女王にあますところなく伝えるのじゃ」
「は」
「よいか、アベル、そなたは二度と帝国へは戻れぬぞ」
 アベルは地獄の底の底へ落ちていく錯覚に打ちのめされていた。恐ろしくもあれば、何もかも失った果ての狂的な清々しさすら感じているのが自分でもふしぎだった。
「いや、帝国だけではない。そなたは、もうこのグラリオンにあっても後宮以外、いや、余のそば以外生きる場所はないと思え」
 グラリオンにおいては男の前で顔を晒した貴人の女性は女としての名誉を失い、二度と貴族社会で普通の人交わりはできない身とされる。二重の意味でアベルは堕とされたのだ。
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