黄金郷の夢

文月 沙織

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決意 六

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 怒りのあまり頭から火が吹きそうだが、そんな憎悪に燃えているはずの目を、当の王は、さも面白げに笑って見ている。
「相変わらず花嫁はじゃじゃ馬のようじゃな、カイ」
「花嫁は恥ずかしがっているのですよ。ですが、身体は陛下のお好みに仕込んでおります。どうぞ、たっぷりご賞味ください」
 耐えがたい侮辱の言葉にアベルの憎悪は燃えあがる。
 罵倒の言葉を叫びだしそうになったそのとき、視界で紅いものが揺れた。
「陛下、このたびはおめでとうございます」
 進みできてきたのは、真紅の薄手の衣をまとったカッサンドラだ。上衣も、二裾ふたすその下衣も透けたもので、彼女の妖艶な姿態が客たちの目を引きつけているが、本人はまるで気にもせず、魅惑的な笑みを向けて、対峙している二人のあいだに割りこむと、アベルに向かって微笑んだ。
「おめでとうございます。伯爵、これはわたくしからの贈り物でございます」
 彼女の手にあったのは、先日見た毒入りの耳飾りだった。アベルは胸が高鳴るのを感じた。
「花嫁の幸せを祈って」
 そう言いながら、カッサンドラはその飾りをアベルの耳につける。
(この毒をうまく王の口に入れることができれば……)
 王を殺せる。勿論、そのあと自分もただではすまないだろうが、もとより生き延びる気はない。
(そうだ。私はこの地で死ぬだろう。だが、性奴隷や異教徒の〝妻〟などではなく、あくまでもアベル=アルベニス伯爵として、騎士として死ぬのだ)
 アベルはありったけの想いをこめて王を睨みつけてやった。
 それに対してディオ王は余裕の笑みを返し、アベルの手を引く。
「待ちかねたぞ、我が妻よ。さ、来るがよい」
 覚悟を決めてアベルは王に手を引かれて白絹の褥に腰を下ろす。
 客たちの息を飲む音がさざ波のように大広間に響きわたる。
 何百という視線の針に全身を刺さされる痛みに耐えながら、アベルは王にされるがままに彼の腕に身を崩した。
 参列客、今や観客となった男たちが固唾を飲む音まで聞こえそうだ。
(あっ!)
 王に裾をたくしあげられ、アベルは息を飲みそうになる。覚悟はしたつもりだが、胸が震えるのは止められない。
「本当に待ちかねたのだぞ……。鳳凰木の花には負けたが、今からそなたという花を満開にしてやろうに」
 ふと気づくと、寝台脇に置かれた台に玻璃の皿がある。そこには朱に燃える鳳凰木の花びらが清水に浮かべて盛られていた。
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