黄金郷の夢

文月 沙織

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決意 二

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「式の日、床入りのときには王も気を抜くでしょう。そのとき、これを……」
 それは、象牙でつくられた耳飾りのようだった。
「こうすると、上の部分が空きます」
 カッサンドラが言いながら示してみる。
「このなかには微量ですが、毒薬が入っているのです。隙を見て、口にふくみ、王に飲ませるのです。遅効性ですが、効果は覿面です。王はその日のうちに亡くなるでしょう」
「……」
 アベルは受け取ろうとしたが、カッサンドラはそれをさえぎり、説明をつづけた。
「今から持つのは無理ですが、式当日に、わたくしが他の人間に見つからないようにうまく渡します」
 たしかに、ろくに衣類をあたえられないこの状態では、いくら小さいものとはいえ、持っているのがばれて怪しまれる。アベルは頷いた。
 王を殺す。ディオ王と刺し違える――。
 それは壮絶に甘美な誘惑だった。
 彼は、自分をこのような境遇に堕とした張本人である。その憎い男をこの手で殺めることができれば……。アベルは復仇の想いに燃えた。
 邪悪な側室や陰湿な菫たちに散々いたぶられて萎えかけていたアベルの精神が、ふたたび持ち直してくる。
 王を謀殺するという考えは、今のアベルにとっては、式の日を迎えるゆいいつの喜びであり、死なずにいる最後の理由となった。
 アベルは唾を飲み、深く頷いた。
「やってみよう……」

 ディオ王の結婚式の祝いは、享楽的なグラリオン宮殿においては、どちらかといえば質素なものだという。それは、すでに式そのものは先日に済ませており、今日は床入りの儀式の日ということになるからだとアベルは菫たちから聞かされた。
 それでも、異国人のアベルの目から見ると、充分派手で盛大な催しに見える。
 後宮じゅうに七色の絹布が張りめぐらされ、石の廊下には庭園はもちろん、都の花市から買いあつめた花の花びらがまき散らされ、晴れの日にふさわしく着飾った後宮の美女たちが、〝正妻〟のまえにひれ伏す。
 だが、一見、謙虚で礼儀ただしく見える彼女たちの目は、ヴェールごしにも妖しく光っていた。
 彼女たちは、皆知っているのだ。今日の〝花嫁〟が、実は異国の青年貴族であり、王に強奪されるがごとくに、深宮しんきゅうにとらわれ、きびしい調教師たちによって責めぬかれて、この日純白の衣装をまとわせられ、こうして花の上を歩かされていることを。
 それどころか、跪いてならぶ数百人の女たちのなかで誰一人、連日、この〝花嫁〟の受けた屈辱きわまりないお妃教育の内容を知らないものはいない。ここ数日その話で盛りあがるのは、籠の鳥のような彼女たちにとって絶好の楽しみであり最大の憂さ晴らしであったからだ。誰しも皆、薄ら笑いを浮かべていることはヴェールを透かしてあきらかだ。
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