黄金郷の夢

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
95 / 150

時、満ちて 五

しおりを挟む
「三日後の式に、帝国の使者も招かれます。その際、どうにかして伯爵を助け出すから、と」
「し、使者の名は?」
「エゴイ=バルトラとおっしゃる帝国の公爵だとか」
 エゴイの名が出たことでアベルの背はこわばった。アベルにとっては複雑な相手だ。
 友人でもあるが、競争相手でもある。向こうもアベルをかなり意識している。勿論、友情や親しみを感じることもあるが……、正直、今のアベルは一番会いたくない相手だ。
 思えば、女王からまかされた外交交渉を、彼に代わってやると言われたのを、意地になって自分が引き受け、そして、結局、失敗してこんな身の上にされてしまったのだ。
 彼と顔を合わせたとき、どう我が身の状況を説明すればいいのか。考えただけでも身体じゅうの血が引く。
(もし、エゴイに私がこの国でされたことを知られてしまったら……)
 とういて生きてはいけない。騎士としても、貴族としても、男としても、いや、人間として、もう終わりだ。アベルは絶望感に頭痛がしそうになった。
「あと、もう一人、初老の子爵で……たしかアビラ子爵と呼ばれていました」
 アビラ子爵。
 その名もアベルにとっては苦い意味がある。
 アビラ子爵家とアルベニス伯爵家は遠縁の関係で、かつて困窮のあまり恥をしのんで借金を頼みに行ったことがあり、その際、けんもほろろに断られた。
 借金を断られたぐらいなら恨んだりはしないが、その際、亡父の行状を散々になじられた。それだけ父が迷惑をかけたのだから恨むのは筋違いだとは思うが、アビラ子爵は、若いというより、まだ幼かったアベルにとって、最初に世間というものの冷たさ厳しさを痛いほどに教えてくれた人物である。
 エゴイとアビラ子爵。二人ともアベルにとっては複雑な感情を持つ相手となるのだ。その二人に、もし……、ここでのことが知れたら……。
(それぐらいなら、助け出されるよりも、死んだ方がマシだ)
 唇を噛んで考え込んでしまったアベルに、カッサンドラはしずかに告げた。
「囚人生活で、ドミンゴはかなり疲れているようですわ。すっかり痩せてしまって……」
(駄目だ、まだ死ねない)
 アベルは悲壮な決意に唇を噛みしめなおした。
(そうだ。ドミンゴを残して死ぬことはできない。彼が無事祖国へ帰るのを見届けないと……)
 アベルは意を決した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...