黄金郷の夢

文月 沙織

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時、満ちて 四

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「ああ……」
「大事な御主君のこんな姿を見たら、さぞドミンゴはびっくりするでしょうね。まぁ、結婚式には帝国の御客人も参列されますから、人目に慣れるいい練習かもしれません」
 カイは、必要とあればどこまでも残酷になれる人間であることをアベルに示し、それでもアベルが迷っていると、
「……しょうがないな。エリス、悪いが、地下牢へ行って、ドミンゴを連れてきてくれ」
「や、やめろ! ドミンゴを巻き込むな!」
 アベルは涙と怒りに燃えたエメラルドの瞳でカイを睨みつけてくる。
(ほう……)
 追いつめられて切羽つまった者のもつ悲惨で悲哀いっぱいの表情の美しさに、カイはまた少し感心した。美しさの正体は、悲しみの底にひそむなけなしの勇気か。
 一瞬、思わず抱きしめてやりたいような、けれどもっと苛めてみたいような気持ちがわく。こんなふうに心を揺さぶられことなど、冷静沈着を旨とするカイには珍しい。
(陛下が彼を欲しがるわけがわかった気がする。エリスが気を引かれて仕方ないわけだ) 
 だが、想いとは裏腹に、あくまでも冷たい声で言いはなった。
「それなら、言うんです。さ、言ってみなさい」
「うううう……」
 白い五体が衆人環視のなかで震えた。
 やがて、嗚咽を飲みこみ、アベルはしゃくりあげながら、強制された屈服の言葉を吐きだした。


「伯爵……、アベル様」
 眠りはアベルにとってこの国で得られる唯一の救済の時間だった。
 その浅いまどろみが壊れたとき、蝋燭のつくりだす仄かな灯火ともしびのなかに見つけたのは、女の心配げな顔だった。
「おまえは……」
 薄闇にほのかに光る茶水晶のような瞳。
「カッサンドラでございます」
「ああ!」
 アベルは掛け布を下肢に引き寄せて、身を起こした。
「あ、あれからどうなったのだ?」
 待っていたのだ。カッサンドラが来てくれるのを。
 今の彼にとってカッサンドラこそはたったひとつの希望だった。彼女という最後の命の綱があったからこそ、連日のひどい辱しめに耐えて生きてこれたのだ。
「ご安心ください。首尾よく帝国の使者の方と連絡を取ることができました」
 闇にも彼女が微笑ほほえんでいるのが知れ、アベルは泣きたいほどに嬉しくなった。
「使者の方は大変心配していらっしゃいます。何度となく陛下にお取次ぎを願ったそうなのですが、門前払いされていたそうで」
 カッサンドラはそこで一瞬、口を閉じ、微妙な顔になった。
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