黄金郷の夢

文月 沙織

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花開くとき 四

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 幼いころに後宮に入ったエリスは、あたりまえのように先輩宦官たちの玩弄物がんろうぶつとなって生きてきた。
 辛いとも屈辱とも思わなかったし、大抵の相手は菓子やきれいな衣や飾り物など見返りをくれたので、それを理不尽だとも思わなかった。受け身の行為はすでに知り尽くしているし、調教師となるからには、相手を喜ばす手管てくだ知悉ちしつしておかねばならないので、そういった行為に禁忌の意識などないし、そもそも、世間一般の道徳観念や貞操観念などは、グラリオン後宮に存在しない。
 宦官は、情を発することはできないが、不思議な肉体の摂理で、たしかに挿入に興奮し、もどかしい時間の果てに、きわめたように発汗する。経験したことがないので解らないが、その瞬間味わう快さは、普通の男が、性交や自慰の終焉に味わう快楽に似ているのでないかとエリスは思っている。
 全身に、じんわりにじむ汗が、エリスにとっての〝精液〟だった。エリスのみならず、ほとんどの若い宦官たちは、なんらかのやり方で興奮し、息を吐き、汗を出すことによって彼らなりの快楽を得ている。たしかにった、と言えるだろう。
 呼吸がおさまり、ひととおり余韻が引いたあと、エリスは震える手で、道具をゆっくりと引き抜いた。
 ときどきはこうして自分で処理をしておかないと、苛々してきて、些細なことで気落ちしたり腹が立ったりするのだ。この行為は、たんなる排泄行為だとエリスは思っている。
 実際、普通の男や、女でもそんなふうにとらえている者も多いと聞くし、世話になった師の薬剤師に言わせると、「我慢するより、した方がいい」と助言されたこともあった。
(そうさ。厠に行きたくなるようなものさ)
 だが……、何故だろう。
 目がぼやける。妙にやるせなく、胸がしくしくと痛む。
 数秒後、頬が濡れていることに気づいた。
(なんだか、今日はちょっと変だな) 
 今日に限って、どうしてこうもやるせないのか。
 答えはすぐ出た。きわめた瞬間、アルベニス伯爵の絶頂に泣くときの顔を思い出したからだ。
 
「もはや、花は開いたであろう?」
「はい」
 カイはディオ王の玉座のまえに、うやうやしくひざまずいた。
 権力者らしくどこか冷ややかに光る王の黒い瞳が、熱を含んでいるのがわかる。期待と欲望に胸の内を焦がしているのだろう。
「式の準備をせねばな」
 銀杯に満たした美酒を満足そうに味わいながら告げる王に、カイは頷く。
「……帝国よりの使者が、王への面会を望んでおりますが」
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