黄金郷の夢

文月 沙織

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九分咲き 四

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「よ、よせ、たのむ! やめてくれ! 後生だから!」
 無念なことに、どうしても口調は哀願めいてきてしまう。もはや本当に絶体絶命だった。
 アベルは不自由な身体に渾身の力をこめて抗った。
(あ、あんな物に乗せられたら、私は……)
 壊れてしまう……。
 迫りくる恐怖が心身を委縮させる。
(もはや、本当に二度と祖国に戻れない。騎士として、男として終わりだ)
 墜ちるところまで墜ちる。そんな恐怖にとらわれたアベルは、情けないとは思いつつも、怯えを隠せない。我ながらなんと気弱になったものかと忸怩じくじたる想いだが、それだけ追いつめられていたのだ。
「い、いやだ! いやだ!」
 アベルがどれほど嫌がっても、多勢に無勢で、宦官たちにずるずると引きずられてしまう。
 黒い巨大な凶器のような木馬がどんどん迫ってくる。
 アベルは無我夢中になって拒絶に首を振った。
「もう、しょうのない子ねぇ。大丈夫よ、怖くなんてないわ。私はおまえを気持ち良くしてやりたいだけなのよ」
 駄々っ子をなだめる慈母のようにアイーシャがアベルの頬を撫でる。
 どうあってもこの女の凍った心を変えることはできないと悟ったアベルは、エリスに向かって叫んでいた。
「た、たのむ、止めさせてくれ! 後生だから!」
 エリスは相変わらず複雑そうな顔を見せただけだ。それでもアーミナに問うように顔を向けたが、それに対するアーミナの返事は冷酷だった。
「アイーシャ様のおっしゃるとおり、初夜で陛下が求められるかもしれないから、練習だと思って乗ってみるといい。ほら」
 そう言ってアーミナは、ふざけたように、木馬の尻のあたりを平手で叩く。乾いたその音に、宦官たちのあいだから軽い失笑がわく。
「ほら、怖がらないで、いらっしゃいってば」
「い、いやだ! 絶対にいやだ!」
「そんなに嫌なの?」
 譲歩をちらつかせるような口調に、思わずアベルはすがってみた。
「い、嫌だ。そ、それだけは嫌だ。た、たのむから、止めてくれ」
 精密に彫られた木馬は、生あるもののように、今にもたてがみをなびかせ、いななきそうだ。その背には、アイーシャの手によって準備された作りものの男根が設置されている。
 まるで黒茸が生えたようなその突起物を、アベルは到底まともに見ることができず、嫌悪感に目を伏せた。
「そう? そんなに嫌なら仕方ないわ」
 一瞬、安堵に肩が軽くなったアベルだが、アイーシャの次の言葉に顔面に石を叩きつけられた気分になった。
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