黄金郷の夢

文月 沙織

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毒蛇の歌 六

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「目を開けるのよ。開けて、よく見るのよ、今の自分の姿を」
 アベルは無言をつらぬいた。
「ドミンゴの目を潰させるわよ!」
 虜囚の身、それも人質を取られているアベルの立場ではこれが限界だった。
 渋々目を開けたアベルのまえに、銀盤が光を弾く。
 アベルは不自由な身体のまま、思わず息を飲んでいた。
 そこにいたのは、見たことのない獣だった。
 金髪碧眼、雪白の肌。
 その肉体は、これ以上痩せれば見苦しくなる最後の一線でぎりぎり踏みとどまって、美しい投影をそこに描いている。
 痩せはしたものの、張りつめた四肢はしなやかそうで、まだ、かろうじて凛々しいと呼べる男性美の輝きをうしなってはない。
 けれども……、そのまぎれもなく立派な男の身体の中心を守っているのは、目にも綾な女ものの肌着なのである。
 いかにも女人が好みそうな薄紅色の、その花びらで編んだかのような下着の端からは、まだ筋肉をのこした太腿ふとももが見える。 
 鏡のなかに、とてつもなく淫らな生き物がいる。
 それは男でも女でもない、中性、もしくは両性の美を備えた生き物だった。
 世にも美しく、だが世にも妖しい生き物。
(これは……私?)
 アベルは信じられない想いで鏡を見つめていた。
 不様な……と恥じる想いもむろんあるが、それだけではない説明のつかない衝撃と、奇妙な感慨を、鏡のなかの影は主にもたらした。
 本当ならとてつもなく醜悪で滑稽な絵になるはずが、そうはならないのは、やはりその絵が美しいからだ。
 認めないわけにはいかない。鏡のなかで息をしている生物は、奇態ではあるが、壮絶な美しさを放っていた。どこか人間ばなれしてさえ見えるほどだ。
 だが、勿論それは、けっして健全な、まっとうな美しさではない。退廃的かつ妖美的な、隠花植物の持つ美である。匂いたつほどに、見ているものに官能の疼きをもたらす淫らな美だ。
 いっそアベルがちまたの男娼や陰間のように、なよなよした体躯で、女性的な挙措動作をとるような男だったら、ここまで淫猥な雰囲気を放つことはなかったろう。
 だが、アベルは、伯爵家の嫡男として誇りたかく育てられたのは勿論、零落しつつある名家の子にありがちなことに、必要以上の気負いと、なけなしの自尊心を必死に守ってきた者特有の、人一倍勝気で負けん気の強い気性を備え、さらに貴族の男子として生まれて二十二年、たたきこまれてきた騎士道精神にがんじがらめにされて生きてきた青年である。
 勇猛であれ、剛健であれ、高潔であれ、男であれ、と教えられて生きてきた青年である。
 その彼が女物の下着を纏わされている様子は、壮絶なほどに倒錯的な色気にあふれていた。
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