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花、開くまで 二
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「伯爵、アイーシャ様からの新たな贈り物ですよ」
この国にきてからアベルは爽やかな朝というものを経験したことはないが、この日もまたひどかった。それでも、唯一の救いは、ここ数日両手を戒めていた鉄輪と鎖が、今朝は外されていたことか。アベルは今や己にゆるされたただひとつの財産でもある腰布いちまいだけを身に纏って、しぶしぶ寝台から足を下ろす。身体の節々が痛むが、顔には出さないように努めた。
さらに頭痛も感じながら、ふらふらと身を起こしたアベルの前に、アーミナは喜々として二段の黒塗りの衣装箱を見せる。長方形の浅い箱は軽そうで、アーミナ一人でも軽々と持てるようだ。
「ご覧ください」
最初の箱に入っていたのは、孔雀の羽だった。それに透明の玻璃の小瓶。香油だろう。
それを見ただけで、昨夜は飲み物以外なにも口にできなかったにもかかわらず、アベルは吐き気をおぼえた。
「そんな怖い顔をしないでください、伯爵」
アーミナの隣に立っていたエリスが苦笑する。今朝もカイの姿は見えない。
「こちらはお気に召すかもしれませんね」
そう言って上段の箱をどけ、二段目を見せるアーミナの可愛い顔は、邪悪なたのしみに輝いている。
「……」
アベルは下段の箱の中身を見て唇を噛みしめた。
「うわぁ、綺麗だな」
何も言わないアベルに代わって、エリスが目を輝かせて甲高い声をあげた。箱いっぱいに詰めこまれているのは白、黒、赤、黄色、橙、紫、色とりどりの布である。
たのしそうに一枚の布を取りあげたエリスがアベルに見せつけるようにして、それを広げた。
「最高級品ですよ。すべて絹だ」
アベルは頬が熱くなっていくのを感じた。それらが、いずれも女人用の下着だということが異国人のアベルにもわかったからだ。
「飾り止めもありますよ。真珠に、ルビー、琥珀、金銀の輪。どれもお洒落なものですよ」
宦官という身体の特質ゆえか、生まれついての性質ゆえか、エリスには多少、美しい装身具や装飾品を好むという女性的な傾向があるようだ。
七色の絹布や、それにほどこされた雅やかな刺繍、高価な装飾品を眺める目は物欲しげに光っている。
「いいなぁ……」
涎を垂らさんばかりの、気楽そうなエリスの態度に、アベルはいっそう腹が立ってくる。
「だったら、おまえが使え!」
アベルの怒りに、エリスはどこまで呑気だった。
「え? いいんですか、もらっても?」
「馬鹿!」
アーミナは、エリスが手にもっていた白地に漆黒の絹糸で蝶の刺繍がほどこされている腰巻を奪うと、呆れたように朋輩を怒鳴った。
「これはすべてアイーシャ様が伯爵のために用意したものなんだよ。さ、伯爵、今日はどれを着けましょう? 今日から伯爵には常に女ものの下着を着けてもらいます」
この国にきてからアベルは爽やかな朝というものを経験したことはないが、この日もまたひどかった。それでも、唯一の救いは、ここ数日両手を戒めていた鉄輪と鎖が、今朝は外されていたことか。アベルは今や己にゆるされたただひとつの財産でもある腰布いちまいだけを身に纏って、しぶしぶ寝台から足を下ろす。身体の節々が痛むが、顔には出さないように努めた。
さらに頭痛も感じながら、ふらふらと身を起こしたアベルの前に、アーミナは喜々として二段の黒塗りの衣装箱を見せる。長方形の浅い箱は軽そうで、アーミナ一人でも軽々と持てるようだ。
「ご覧ください」
最初の箱に入っていたのは、孔雀の羽だった。それに透明の玻璃の小瓶。香油だろう。
それを見ただけで、昨夜は飲み物以外なにも口にできなかったにもかかわらず、アベルは吐き気をおぼえた。
「そんな怖い顔をしないでください、伯爵」
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「こちらはお気に召すかもしれませんね」
そう言って上段の箱をどけ、二段目を見せるアーミナの可愛い顔は、邪悪なたのしみに輝いている。
「……」
アベルは下段の箱の中身を見て唇を噛みしめた。
「うわぁ、綺麗だな」
何も言わないアベルに代わって、エリスが目を輝かせて甲高い声をあげた。箱いっぱいに詰めこまれているのは白、黒、赤、黄色、橙、紫、色とりどりの布である。
たのしそうに一枚の布を取りあげたエリスがアベルに見せつけるようにして、それを広げた。
「最高級品ですよ。すべて絹だ」
アベルは頬が熱くなっていくのを感じた。それらが、いずれも女人用の下着だということが異国人のアベルにもわかったからだ。
「飾り止めもありますよ。真珠に、ルビー、琥珀、金銀の輪。どれもお洒落なものですよ」
宦官という身体の特質ゆえか、生まれついての性質ゆえか、エリスには多少、美しい装身具や装飾品を好むという女性的な傾向があるようだ。
七色の絹布や、それにほどこされた雅やかな刺繍、高価な装飾品を眺める目は物欲しげに光っている。
「いいなぁ……」
涎を垂らさんばかりの、気楽そうなエリスの態度に、アベルはいっそう腹が立ってくる。
「だったら、おまえが使え!」
アベルの怒りに、エリスはどこまで呑気だった。
「え? いいんですか、もらっても?」
「馬鹿!」
アーミナは、エリスが手にもっていた白地に漆黒の絹糸で蝶の刺繍がほどこされている腰巻を奪うと、呆れたように朋輩を怒鳴った。
「これはすべてアイーシャ様が伯爵のために用意したものなんだよ。さ、伯爵、今日はどれを着けましょう? 今日から伯爵には常に女ものの下着を着けてもらいます」
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