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毒園の花 八
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不満そうなアイーシャの問いに、エリスは苦笑で答えた。
「繊細なところですので……。陛下からは、くれぐれも伯爵のお身体を傷つけないように、という厳命ですから」
王の名を出してくる、それとない牽制に、アイーシャの眉がしかめられる。
「ふうん。ま、いいわ」
気を取り直したように、アイーシャは床上に置かれたままの銀皿のうえで、指に持っている卵に瓶のなかの液体を注ぐ。
したたる油は、落ちて皿のなかの蛇にからまる。
どことなく、見る者の背を、ぞわりとさせる光景であった。
「さ、覚悟はいい、伯爵? お前たち、伯爵に後ろを向かせなさい。腰を出させるのよ」
二人の宦官たちは言われたとおりにする。
腰を守っていた白布をまくしあげられ、アベル叫ばずにいられない。
「わ、私がいったい何をした? 何故こんな目に遭わなければならないんだ!」
不覚にも声には涙がからんでしまう。だが、そんな必死の言葉も、血の通わぬ宦官たちの眉ひとつ動かすことはなかった。
「陛下が望まれたからだよ」
当然だろう、と言わんばかりにアーミナが鼻で笑いながら告げた。
「陛下が望まれば、貴族だろうがなんだろうが、人前で犬の真似をしてもらうことになるんだ。あんたさぁ、いい加減、いつまでもお貴族様だ、伯爵だって、いばり散らしているのもどうかと思うよ」
アーミナの言葉は下町の不良のようで、さすがに傍で聞いていたサライアの眉が動いたが、制止の言葉はない。
「帝国じゃどれだけ立派なお生まれか知らないが、グラリオンじゃ、ただの人なんだよ。いや、後宮でまだ陛下の手が着いてない今は、穀つぶしの新米奴隷にしか過ぎないのさ。これから先、あんたの運命は陛下のお心ひとつにかかっているんだからね。言っておくけれど、俺たちはあんたが陛下に気に入ってもらうように手伝ってあげているんだぜ。わかったら、さっさと尻を突きだせよ」
乱暴で下品なアーミナの言葉の剃刀が、アベルの神経を削いでいく。こんな物言いをされたのはアベルの二十二年のみじかい人生のなかで生まれて初めてだった。
なんとか抗弁しようと思ったが、それを察したかのように右肩をつかんでいるの泥色の目の宦官が、すかさずアベルの肩をおさえこみ、アーミナやアイーシャの望む姿勢を取らせようとした。
「は、はなせ! よせ、やめろ! うっ! うう! い、いやだ、いや……!」
前かがみにされ、腰を突き出す恥ずかしい恰好にアベルは叫びつづけたが誰も耳を貸さない。
「ああ!」
酷くも腰の布をまくりあげられ、とうとう憎い女と少年宦官のまえに浅ましい姿を強いられてしまった。
「繊細なところですので……。陛下からは、くれぐれも伯爵のお身体を傷つけないように、という厳命ですから」
王の名を出してくる、それとない牽制に、アイーシャの眉がしかめられる。
「ふうん。ま、いいわ」
気を取り直したように、アイーシャは床上に置かれたままの銀皿のうえで、指に持っている卵に瓶のなかの液体を注ぐ。
したたる油は、落ちて皿のなかの蛇にからまる。
どことなく、見る者の背を、ぞわりとさせる光景であった。
「さ、覚悟はいい、伯爵? お前たち、伯爵に後ろを向かせなさい。腰を出させるのよ」
二人の宦官たちは言われたとおりにする。
腰を守っていた白布をまくしあげられ、アベル叫ばずにいられない。
「わ、私がいったい何をした? 何故こんな目に遭わなければならないんだ!」
不覚にも声には涙がからんでしまう。だが、そんな必死の言葉も、血の通わぬ宦官たちの眉ひとつ動かすことはなかった。
「陛下が望まれたからだよ」
当然だろう、と言わんばかりにアーミナが鼻で笑いながら告げた。
「陛下が望まれば、貴族だろうがなんだろうが、人前で犬の真似をしてもらうことになるんだ。あんたさぁ、いい加減、いつまでもお貴族様だ、伯爵だって、いばり散らしているのもどうかと思うよ」
アーミナの言葉は下町の不良のようで、さすがに傍で聞いていたサライアの眉が動いたが、制止の言葉はない。
「帝国じゃどれだけ立派なお生まれか知らないが、グラリオンじゃ、ただの人なんだよ。いや、後宮でまだ陛下の手が着いてない今は、穀つぶしの新米奴隷にしか過ぎないのさ。これから先、あんたの運命は陛下のお心ひとつにかかっているんだからね。言っておくけれど、俺たちはあんたが陛下に気に入ってもらうように手伝ってあげているんだぜ。わかったら、さっさと尻を突きだせよ」
乱暴で下品なアーミナの言葉の剃刀が、アベルの神経を削いでいく。こんな物言いをされたのはアベルの二十二年のみじかい人生のなかで生まれて初めてだった。
なんとか抗弁しようと思ったが、それを察したかのように右肩をつかんでいるの泥色の目の宦官が、すかさずアベルの肩をおさえこみ、アーミナやアイーシャの望む姿勢を取らせようとした。
「は、はなせ! よせ、やめろ! うっ! うう! い、いやだ、いや……!」
前かがみにされ、腰を突き出す恥ずかしい恰好にアベルは叫びつづけたが誰も耳を貸さない。
「ああ!」
酷くも腰の布をまくりあげられ、とうとう憎い女と少年宦官のまえに浅ましい姿を強いられてしまった。
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