48 / 150
毒園の花 五
しおりを挟む
さらに、この、目のまえの若い女が、あのおぞましい拷問道具を提案したのかと思うと、背に虫唾が走った。相手はそんなアベルの想いを察したのか、白い顔に笑みを浮かべる。
「あら、どうなさったの、ますますお顔を赤らめて? あの木馬は気に入ってくださらなかったのかしら?」
アイーシャが小首をかしげた瞬間、耳飾りのエメラルドが窓から差しこむ光にきらめいて、アベルの頬を刺す。
「……なるほど、と思っていたのだ。これが、あの木馬や褥を贈りつけてきた恥知らずな淫婦かと」
アイーシャの細い顔が固まった。
「その恥知らずな淫婦から、あらたな贈り物ですわ。サライア」
名を呼ばれて侍女は、用意してきたらしい大振りの籠を差しだす。掛けられていた白い絹が、はらりと床に落ちた。
「白百合の花ですの。陛下は白百合の花がお好きで、わたくしの室にはいつも白百合を活けておりますのよ。そのせいか、人はわたくしを〝白百合のお方様〟と呼びますの」
アイーシャの説明にアーミナとエリスは目を見交わした。
すこし事実と違う。ディオ王が白百合を好きなのは事実だが、それは亡くなった彼の生母が好きな花だったからだ。そのため、亡き王太后は〝白百合の王妃〟や〝白百合のお方様〟と若いころ呼ばれていた。つまり、王太后への呼称だったのだ。宮廷人はそれにちなんでアイーシャのことを〝毒百合のお方様〟と呼び習わしている。勿論、当人の前では絶対に口に出しはしないが。
「さぁ、お受け取りください」
言うや、アイーシャは数輪の百合の茎をつかみ、その花束でアベルの顔面を打った。
「……!」
白い花弁が幾枚か床石のうえに落ち、百合の香がほのかにあたりに舞う。
「くっ……」
痛みは耐えきれないものではないが、女、それもこの世でもっとも憎い男の愛人の手による打擲というのは、誇りたかいアベルの精神をきしませるものだった。
打擲は一度ではすまなかった。
二度、三度、四度……。アイーシャは狂ったように花束でアベルの顔を打ちつづける。花びらはすべて散って、あとにのこった茎の束は無残だった。
かすかに、葉がこすれたせいで、赤い筋がひとつアベルの白い頬に浮かび、さすがにエリスが眉をしかめた。
「アイーシャ様、伯爵のお身体にはいっさい傷をつけてはいけないという王命でございますよ」
「ほほほほほほ。あらあら、それは失礼、虫でも入っていたのかしらね?」
傷をつけたのは自分ではない、と言いたいのだろう。
「贈り物はまだありますのよ」
アイーシャは黒真珠の目をかがやかせ侍女を見る。
目線で催促されたサライアは、底が見えるように籠をかたむけさせた。
籠の底には、いくつかの白い塊……卵があった。
「あら、どうなさったの、ますますお顔を赤らめて? あの木馬は気に入ってくださらなかったのかしら?」
アイーシャが小首をかしげた瞬間、耳飾りのエメラルドが窓から差しこむ光にきらめいて、アベルの頬を刺す。
「……なるほど、と思っていたのだ。これが、あの木馬や褥を贈りつけてきた恥知らずな淫婦かと」
アイーシャの細い顔が固まった。
「その恥知らずな淫婦から、あらたな贈り物ですわ。サライア」
名を呼ばれて侍女は、用意してきたらしい大振りの籠を差しだす。掛けられていた白い絹が、はらりと床に落ちた。
「白百合の花ですの。陛下は白百合の花がお好きで、わたくしの室にはいつも白百合を活けておりますのよ。そのせいか、人はわたくしを〝白百合のお方様〟と呼びますの」
アイーシャの説明にアーミナとエリスは目を見交わした。
すこし事実と違う。ディオ王が白百合を好きなのは事実だが、それは亡くなった彼の生母が好きな花だったからだ。そのため、亡き王太后は〝白百合の王妃〟や〝白百合のお方様〟と若いころ呼ばれていた。つまり、王太后への呼称だったのだ。宮廷人はそれにちなんでアイーシャのことを〝毒百合のお方様〟と呼び習わしている。勿論、当人の前では絶対に口に出しはしないが。
「さぁ、お受け取りください」
言うや、アイーシャは数輪の百合の茎をつかみ、その花束でアベルの顔面を打った。
「……!」
白い花弁が幾枚か床石のうえに落ち、百合の香がほのかにあたりに舞う。
「くっ……」
痛みは耐えきれないものではないが、女、それもこの世でもっとも憎い男の愛人の手による打擲というのは、誇りたかいアベルの精神をきしませるものだった。
打擲は一度ではすまなかった。
二度、三度、四度……。アイーシャは狂ったように花束でアベルの顔を打ちつづける。花びらはすべて散って、あとにのこった茎の束は無残だった。
かすかに、葉がこすれたせいで、赤い筋がひとつアベルの白い頬に浮かび、さすがにエリスが眉をしかめた。
「アイーシャ様、伯爵のお身体にはいっさい傷をつけてはいけないという王命でございますよ」
「ほほほほほほ。あらあら、それは失礼、虫でも入っていたのかしらね?」
傷をつけたのは自分ではない、と言いたいのだろう。
「贈り物はまだありますのよ」
アイーシャは黒真珠の目をかがやかせ侍女を見る。
目線で催促されたサライアは、底が見えるように籠をかたむけさせた。
籠の底には、いくつかの白い塊……卵があった。
0
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説


青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。



イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる