黄金郷の夢

文月 沙織

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陥穽 三

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 カッサンドラは室を出ると、盆を手にしたまま歩をすすめ、金糸きんしつづおりの掛け布が張ってあるあたりで、周囲を見回し、誰もいないことをたしかめて、布をまくりあげた。そこには扉があらわれた。
「ご苦労じゃったな」
 扉を開けると、ハルムの声が出迎える。
「うまくやったか?」
「はい。アルベニス伯爵は救出の希望を持ったようですわ。これでしばらくは発狂することも自害する心配もないでしょう。陛下は?」
「奥におられる」
 真紅の絨毯のうえをすすむと、真珠をちりばめた杜松ねむの木の長椅子でディオ王が脚をくんで月光杯げっこうはいを片手にカッサンドラを待っていた。長椅子の後ろには粗末な身なりの男が膝をついて控えている。
「首尾よくアルベニス伯爵を丸めこんだようじゃな?」
 カッサンドラはややわざとらしげに鳶色の眉をしかめてみせた。
「お人聞きの悪いことを。陛下のおおせにしたがって、伯爵をお慰めしただけですわ。ご覧になっていたのでございましょう?」
「ああ、見ていた、ここで」
 この室はアベルの室に隣接していた。
 壁の一部に特殊な仕掛けがあり、小さな、それこそ鼠がとおれるほどの〝小窓〟と呼びならわされている小さな穴が開閉できるように造られており、隣室の会話が聞こえ、覗き見もできるようになっている。
 つまり、ここ数日のアベルの調教ぶりを、この室で王やハルムは時折観察していたのである。グラリオン宮殿には、このような秘密の室がいくつかある。そして、この室の存在を知っているのは、現在では、王と宰相、宦官長のハルムと、菫の筆頭であるカイ、そしてカッサンドラと、王の背後にひかえている男だけである。エリスやアーミナもこの室のことは知らされていない。
「アルベニス伯爵には、そうだな、三日ほど後に、事がうまく運んだと伝えるが良い。希望があるかぎり狂うことも死ぬこともあるまい」
「かしこまりました。仰せのままに」
 カッサンドラは王の前に跪いて従順にこうべをたれる。
 アベルを信用させるために、簡素な灰色の衣という地味なよそおいであっても、ぬめるような白いうなじや、ほっそりとした手足からにじみ出る匂うような色気は、後宮という特殊な世界で、ただ色を競うためだけに育てられた女だけが持ちえる濃密な女臭さであった。控えている男は、不思議なものでも見るようにカッサンドラを見ている。
「ハルムよ、中庭の鳳凰木の花は、今どれぐらい咲いておる?」
 ふと思い出したように王に訊かれ、ハルムは答えた。
「たしか、今朝見たときは、五分、六分咲きほどでしたかな」
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