黄金郷の夢

文月 沙織

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陥穽 二

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「そ、それと、気になっているのだが、帝国から使者が来てないか?」
 カッサンドラは頷いた。
「来ています。あなた様からの連絡がないので、女王が心配して使者をよこしたのでしょう」
 アベルの胸は高鳴った。希望がわいてくる。
「ああ、やっぱり。そ、それで、なんと?」
「ディオ陛下は、あなたが今病気で倒れたので、養生させていると伝えて追い返したようですわ」
「……そ、それで、使者は納得したのか?」
「その場は去りましたが、聞いた話では都の宿に滞在していると」
 アベルのなかで希望の灯がどんどん大きくなっていく。同国人が、今この宮殿の近くにいると思うだけでなにかしら心強くなれる。
「帝国の使者たちに伝えてくれないか? 私が無理やりとらわれていることを?」
 蝋燭の光にかすかに照らされたカッサンドラの顔は複雑そうだ。
「私は後宮を出れないのです。私もこの宮殿にとらわれた奴隷の一人にしか過ぎないのですもの」
「そ、それをなんとか……。出入りの業者や商人に言付けをたのむことは無理だろうか? 私は……、今は何もないが、理由を話せば、帝国の外交官が礼をくれるはずだ」
 複雑そうに鳶色の眉をしかめてカッサンドラはまた頷く。
「わかりました。どれだけ出来るかわかりませんが、やれるだけやってみます」
「頼む。それしか言えないが、とにかく頼む。助けてくれ。おまえだけが頼りだ」
 藁にもすがる想いでアベルはカッサンドラの袖をつかんでいた。
(この地獄からなんとかして逃げないと……)
 アベルは、ついつい室の奥に目を向けてしまう。そこには、例のものが置かれてある。 
 ありがたいことに蝋燭の明かりはそこまではおよばず、カッサンドラは気づくことなく出て行ってくれた。もし気づかれていれば、アベルはいたたまれなかったろう。
 ごくり、と唾を飲み、薄暗がりに今も鎮座しているはずの木馬に目をむける。いや、木馬がアベルの目を引き寄せるのだ。
(逃げなければ……。逃げるか、死ぬかだ。どうあっても、あんなものに……乗るわけにはいかない。あ、あんなものに乗らされたら、私は……)
 掛け布の端をつよく握りしめていたアベルは、目元が熱くなるのを感じた。それは、逃亡の決意ゆえだ……、とみずからに言い聞かせた。
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