黄金郷の夢

文月 沙織

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毒菫 九

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 まるで、名誉な役目を受けているのだ、と説得するようなエリスの口調に、アベルは恐怖もわすれて怒りのあまり怒鳴っていた。
「ふ、ふざけたことを言うな! 異国の使者にそんな真似をするなど! ……わ、私がこのまま連絡をしなければ、帝国政府から使者が来るはずだ」
 そうだ。すっかり失念していたが、このままアベルからの手紙もなく、彼が帰国することもなければ、本国より探索の使者が来るはずだ。アベルは絶望のどん底で救いの光を見た気がして、気強くなり、そのことを主張した。だが、
「ふふふふ」
 世にも意地の悪そうな目つきで、アーミナが嬲るような目つきでアベルを見ている。その黒い目の向こうには暗黒世界が広がっているようだ。
「な、なんだ……?」
「呑気だねぇ、伯爵。その点はすでに手を打ってあるんだよ」
 アベルは背に冷や水がしたたってきたような錯覚をした。
「な、なに? どういうことだ、それは?」
「まぁ、おいおい解ることさ。それよりも、そろそろ午後の調教に入るとするか。ほら、尻を出せよ」
「なっ!」
 屈辱に頬が燃える。わなわなと震え、何か言い返そうとあえぐアベルの胸に、またエリスのやわらかな腕が伸びてくる。
「今は我慢して。これ以上、あれこれ言うと、アーミナのことだから、宰相か陛下に願いでて、伯爵を鞭打つ許可を願いでるかもしれないよ」
 アベルは歯軋りして、手枷と鎖のせいで力のはいらない手で、どうにかしてエリスの腕をどけようとした。
「言うことを聞かない奴隷は、殺されても文句は言えないんだよ。陛下の怒りに触れれば、四つ裂きの刑にされるかも」
 いっそ四つ裂きにされて息絶えれたらどれほど誇らしいか……。本気でそう願っているアベルの胸を抱くやわらかい腕に力がこもる。
「伯爵だけじゃないよ、地下にいる伯爵の従者、ドミンゴだったっけ? そいつも殴られるかも。死ぬまで鞭打たれるぐらいならまだ幸運だよ。最悪の場合、公開処刑にされて、生きたまま内臓を引きずり出されるかもしれない」
 さすがにアベルは息を飲んだ。
 この時代はどこの国でも刑罰は過酷だ。おなじ死刑でも、絞首や斬首で死ねた者は幸いである。王者の怒りに触れたものは、死にいたるまでに凄まじい苦痛をあたえられる。
(駄目だ……、ドミンゴを道連れにはできない)
 怒鳴りつけてやりたいのをこらえて、アベルはアーミナを睨みつけ、おずおずと言われた姿勢を取るしかなかった。
(くそぉ……!)
 ふん、とアーミナが鼻で笑った気配が伝わる。
「さぁ、たっぷり揉んでやるからな。覚悟しろよ」
 ぱしん、と軽く、揶揄するようにアーミナが平手でむきだしの尻を叩く。屈辱に歯を食いしばっているアベルの耳に、甲高いアーミナの笑い声が、毒のしたたりのように忍び込んでくる。
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