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毒菫 七
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(逃げなければ……なんとかして、逃げなげければ)
気は焦るが、どうにもならず、その翌日も一日中かけてアベルは少年宦官たちによって身体をまさぐられつづけた。薔薇のかおりか、麝香のかおりか、麻薬のような甘苦い芳香に全身をつつまれていると、頭がぼんやりとしてきて、どんどん思考能力が落ちていくようだ。
食事は一日二回、朝と夕に、瑠璃杯に清水と、銀皿に焼いただけの麺麭をあたえられた。
「あまり食べると、あとが困るので」
しごく実務的にカイは食事をあまり出せない理由を説明して、「用事があるので」と室を出ていった。
アベルはだるい身体でどうにか寝台の上に身を起こし、出された盆を見て溜息をつく。
いざというときのために体力をつけねばとは思うものの、慣れない味の麺麭は三口も食べれば、もう胃が受けつけない。
その分を補うように、果糖や蜂蜜をたっぷりくわえたシャーベットを食後に出され、エリスが匙ですくったそれを、アベルはおずおずと口にする。瑠璃の碗にもられた、甘く冷たい果実の味がする薄桃色のその魅惑的なかたまりは、疲れきった身体に涙がでるほど美味く、ひととき苦痛をやわらげてくれた。
「後宮の女たちは皆、このシャーベットが大好きなんですよ。氷室の貴重な氷で作るんで、庶民は口にできないものなんですよ」
嬉しそうに銀の匙をはこびながら言うエリスに「私は庶民ではなく貴族だ」と言ってやろうと思ったが、止めた。
「伯爵、少しお顔つきが柔らかくなりましたね。身体付きも変わったみたい」
やつれたからだろうと思うが、何も言わないでいるアベルに、近くの椅子に座って様子を見ていたアーミナが、憎々しげに口をはさんできた。
「わずか二日、三日でこんなに身体が変わるなんて、やっぱり伯爵には〝色奴隷〟の素質があるんだよ」
色奴隷、という生々しい言葉に顔が引きつるのをアベルは自覚した。
朋輩の乱暴な口調に、エリスは細い黒眉をかすかにしかめる。
「アーミナったら、口が悪いね。奴隷じゃなくて、妻だってば。伯爵は陛下の妻になるんだよ」
妻、という言葉も耳に不快きわまりない。
「それじゃ、〝奴隷妻〟というところかな」
ひどく意地悪気に顔をゆがめたエリスは、まさに満開の毒花のようだ。生来は愛らしい顔付きだったのだろうが、わずか十四になるかならないかで、すでにひどくひねこびた気性をたたえているのだ。それは、貧しい出自から親に売られて幼少期に去勢をして後宮に飼われる身となった彼の生い立ちに由来しているのかもしれないが、アベルにはただただ憎らしく腹ただしい存在だった。
「まぁ、いずれにしても、もうちょっと頑張ってもらって、あれを乗りこなすようになってもらわないとね」
〝あれ〟という言葉に気を引かれたアベルが視線を部屋の奥に向けると、そこには白布をかぶせた家具のようなものがある。
ふと、背におぞけを感じた。よもや、あれは……。顔に想いが出ていたのだろう。
気は焦るが、どうにもならず、その翌日も一日中かけてアベルは少年宦官たちによって身体をまさぐられつづけた。薔薇のかおりか、麝香のかおりか、麻薬のような甘苦い芳香に全身をつつまれていると、頭がぼんやりとしてきて、どんどん思考能力が落ちていくようだ。
食事は一日二回、朝と夕に、瑠璃杯に清水と、銀皿に焼いただけの麺麭をあたえられた。
「あまり食べると、あとが困るので」
しごく実務的にカイは食事をあまり出せない理由を説明して、「用事があるので」と室を出ていった。
アベルはだるい身体でどうにか寝台の上に身を起こし、出された盆を見て溜息をつく。
いざというときのために体力をつけねばとは思うものの、慣れない味の麺麭は三口も食べれば、もう胃が受けつけない。
その分を補うように、果糖や蜂蜜をたっぷりくわえたシャーベットを食後に出され、エリスが匙ですくったそれを、アベルはおずおずと口にする。瑠璃の碗にもられた、甘く冷たい果実の味がする薄桃色のその魅惑的なかたまりは、疲れきった身体に涙がでるほど美味く、ひととき苦痛をやわらげてくれた。
「後宮の女たちは皆、このシャーベットが大好きなんですよ。氷室の貴重な氷で作るんで、庶民は口にできないものなんですよ」
嬉しそうに銀の匙をはこびながら言うエリスに「私は庶民ではなく貴族だ」と言ってやろうと思ったが、止めた。
「伯爵、少しお顔つきが柔らかくなりましたね。身体付きも変わったみたい」
やつれたからだろうと思うが、何も言わないでいるアベルに、近くの椅子に座って様子を見ていたアーミナが、憎々しげに口をはさんできた。
「わずか二日、三日でこんなに身体が変わるなんて、やっぱり伯爵には〝色奴隷〟の素質があるんだよ」
色奴隷、という生々しい言葉に顔が引きつるのをアベルは自覚した。
朋輩の乱暴な口調に、エリスは細い黒眉をかすかにしかめる。
「アーミナったら、口が悪いね。奴隷じゃなくて、妻だってば。伯爵は陛下の妻になるんだよ」
妻、という言葉も耳に不快きわまりない。
「それじゃ、〝奴隷妻〟というところかな」
ひどく意地悪気に顔をゆがめたエリスは、まさに満開の毒花のようだ。生来は愛らしい顔付きだったのだろうが、わずか十四になるかならないかで、すでにひどくひねこびた気性をたたえているのだ。それは、貧しい出自から親に売られて幼少期に去勢をして後宮に飼われる身となった彼の生い立ちに由来しているのかもしれないが、アベルにはただただ憎らしく腹ただしい存在だった。
「まぁ、いずれにしても、もうちょっと頑張ってもらって、あれを乗りこなすようになってもらわないとね」
〝あれ〟という言葉に気を引かれたアベルが視線を部屋の奥に向けると、そこには白布をかぶせた家具のようなものがある。
ふと、背におぞけを感じた。よもや、あれは……。顔に想いが出ていたのだろう。
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