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凌辱の宴 八
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それでもアベルはなんとか逃げれはしないかと、室のなかを見渡した。
(武器になるものはないか)
台座のうえの花瓶を投げつけるか、調度品の棚に剃刀があるかもしれない、というアベルの思惑をすべて読みとったかのように、相手は高らかに言った。
「さ、これ以上世話を焼かせるようなら、仕方ないが鞭で打つことになりますぞ」
巨体の宦官が、これみよがしに腰にぶらさげていた短い鞭を見せた。革の束が獲物をもとめるように揺れる。
「わ、私は伯爵だぞ! 女王陛下の使者だぞ」
アベルは屈辱に叫ばずにいられない。
「ならばこそ、女王陛下の使者らしく、お行儀良くなされい。これ以上四の五の言うようなら、力ずくで運ぶことになるがのう」
アベルは悔しさに奥歯を噛みしめた。
「花嫁はまだなのか?」
広間では王の怒りをおさめるように、ゆったりとした美しい曲を楽士たちが竪琴や笛で奏でていたが、あまり効果はなかった。
「大変お待たせいたしました、陛下。今宵の花嫁、アベル=アルベニス伯爵の参上でございます」
「おお、待ちかねたぞ。おや、ハルム、その方、どうしたその顔は?」
「はは」
ハルムは顔のひっかき傷を隠すようにいったん顔をうつむけたが、隠しきれるわけもなく、また顔をあげる。客の群から失笑がたちのぼる。
「陛下に申しあげまする。今宵の花嫁は、たいへん気性の荒い雌猫にございます」
「そうか。どこにおる?」
苦笑しながらく訊く王に、ハルムは扉の影のあたりに声をかけた。
「連れて参れ」
「はなせ! はなせ、無礼者ども!」
二人の大柄な宦官が、荷物でもはこぶように〝花嫁〟をはこんできた。その宦官たちの顔や肩にも殴られたような跡が、近くの座にいた者には見えた。客たちは笑い声をあげた。笑い声がしずまると、あらためて人々は薄衣いちまいに化粧をほどこされた美青年のあられもない姿を鑑賞した。
無数の視線の針を全身に感じて、アベルは憤りのあまり息をするのも忘れそうになったが、そんな様子がまた妙に色っぽく見えて、見る者たちを興奮させていることに気づかない。
奥の座から、最初は面白そうに見ていたディオ王だが、その黒い瞳から黒い火花が吹き出たことに気づいたのはハルムだけだったろう。
「困った花嫁だ。では花嫁のご機嫌をとりむすぶために、床入り前の贈り物をわたそう」
「そ、そんなものでごまかされるか! くそっ、はなせ!」
どうにか宦官たちの肩から下ろされ、自分の足で床に立ったものの、アベルはそれこそ怒り狂う猫のように身をよじる。
「カッサンドラよ、余から花嫁への最初の贈り物じゃ。おまえの手で着けてやるとよい」
「かしこまりました、陛下」
命じられた女は、恭しく宝石箱を手にすると、ゆったりとした動作で紅絹の裾を揺らしアベルに近づいてきた。
(宝石などで、ごまかされるか!)
悔しさに歯ぎしりしていたアベルだが、カッサンドラが満面の笑みで箱から取り出したものが視界に入った瞬間、目を見張った。
それは、黄金の首輪と鎖だった。
カッサンドラは客たちに見えるように、黄金の手枷首枷をたかだかと持ち上げた。
「ご覧あれ。陛下から花嫁への新婚初夜の最初の贈り物でございます」
客の臣下たちや侍女たちからわきおこる喝采を、アベルは全身の血の気が引く想いで聞いていた。
(武器になるものはないか)
台座のうえの花瓶を投げつけるか、調度品の棚に剃刀があるかもしれない、というアベルの思惑をすべて読みとったかのように、相手は高らかに言った。
「さ、これ以上世話を焼かせるようなら、仕方ないが鞭で打つことになりますぞ」
巨体の宦官が、これみよがしに腰にぶらさげていた短い鞭を見せた。革の束が獲物をもとめるように揺れる。
「わ、私は伯爵だぞ! 女王陛下の使者だぞ」
アベルは屈辱に叫ばずにいられない。
「ならばこそ、女王陛下の使者らしく、お行儀良くなされい。これ以上四の五の言うようなら、力ずくで運ぶことになるがのう」
アベルは悔しさに奥歯を噛みしめた。
「花嫁はまだなのか?」
広間では王の怒りをおさめるように、ゆったりとした美しい曲を楽士たちが竪琴や笛で奏でていたが、あまり効果はなかった。
「大変お待たせいたしました、陛下。今宵の花嫁、アベル=アルベニス伯爵の参上でございます」
「おお、待ちかねたぞ。おや、ハルム、その方、どうしたその顔は?」
「はは」
ハルムは顔のひっかき傷を隠すようにいったん顔をうつむけたが、隠しきれるわけもなく、また顔をあげる。客の群から失笑がたちのぼる。
「陛下に申しあげまする。今宵の花嫁は、たいへん気性の荒い雌猫にございます」
「そうか。どこにおる?」
苦笑しながらく訊く王に、ハルムは扉の影のあたりに声をかけた。
「連れて参れ」
「はなせ! はなせ、無礼者ども!」
二人の大柄な宦官が、荷物でもはこぶように〝花嫁〟をはこんできた。その宦官たちの顔や肩にも殴られたような跡が、近くの座にいた者には見えた。客たちは笑い声をあげた。笑い声がしずまると、あらためて人々は薄衣いちまいに化粧をほどこされた美青年のあられもない姿を鑑賞した。
無数の視線の針を全身に感じて、アベルは憤りのあまり息をするのも忘れそうになったが、そんな様子がまた妙に色っぽく見えて、見る者たちを興奮させていることに気づかない。
奥の座から、最初は面白そうに見ていたディオ王だが、その黒い瞳から黒い火花が吹き出たことに気づいたのはハルムだけだったろう。
「困った花嫁だ。では花嫁のご機嫌をとりむすぶために、床入り前の贈り物をわたそう」
「そ、そんなものでごまかされるか! くそっ、はなせ!」
どうにか宦官たちの肩から下ろされ、自分の足で床に立ったものの、アベルはそれこそ怒り狂う猫のように身をよじる。
「カッサンドラよ、余から花嫁への最初の贈り物じゃ。おまえの手で着けてやるとよい」
「かしこまりました、陛下」
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(宝石などで、ごまかされるか!)
悔しさに歯ぎしりしていたアベルだが、カッサンドラが満面の笑みで箱から取り出したものが視界に入った瞬間、目を見張った。
それは、黄金の首輪と鎖だった。
カッサンドラは客たちに見えるように、黄金の手枷首枷をたかだかと持ち上げた。
「ご覧あれ。陛下から花嫁への新婚初夜の最初の贈り物でございます」
客の臣下たちや侍女たちからわきおこる喝采を、アベルは全身の血の気が引く想いで聞いていた。
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