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策略 二
しおりを挟む早馬で三日駆けつづけたどりついたグラリオン宮殿は、噂にたがわぬ素晴らしさだった。
見た目は灰色の簡素な石造りの建物なのだが、城門を一歩入るや、そのきらびかさにアベルは溜息をついた。
(これは……素晴らしいな)
エメラルド色にかがやく緑木、いたるところに設けられた泉水、真紅と純白の薔薇がいっせいに花開いて彼を歓待しているようだ。
「異教徒の文化もなかなかあなどれませんね」
おなじく溜息をつきながら従者のドミンゴが呟くのに、若いアベルは素直に頷いた。ドミンゴがその粗野な見かけによらず、芸術的なものを愛でる心を持っているのも好もしい。
さらに驚いたのは、城内の装飾の素晴らしさである。所々に彫られた花や蔓草、珍獣、アラビア文字をかたどった透かし彫りの精巧さにアベルは再度息を飲む。七色のヴェールをかぶった女たちが頭を垂れて、白鳥のように優雅に、踊るように歩いている。なかには少年もいるが、彼らも女のようにヴェールをかぶっているので顔は見せない。
「宮殿で働く少年は、十七歳になるまでは呼ばれれば夜のご用も勤めるので、女とおなじ扱いなのです」
案内してくれていた宮殿の侍従が意味ありげな笑みを浮かべた。喪服のような黒衣に身をつつんだ初老の男であるが、彼は宦官だという。祖国ではけっして見ることのない人種に、アベルはつい好奇の目を向けてしまう。だが、ハルムと名乗った宦官従者もまた、濁った黒い目で興味ありげに、アベルの全身を舐めるように見ていることに気づいた。
(なんだ、その目は。人をそういう目で見るのは失礼であろう?)
そう口に出して言ってやりたかったが、先に自分も彼をつい好奇の目で見たのが悪かったのかと自省し、アベルは目を逸らした。やがてハルムを先頭にアベルと従者は宮殿の大広間へ案内された。
広間は光り輝いていた。乳白色の大理石の床には東方の国らしく真紅の天鵞絨のクッションが敷かれ、数人の重臣らしき男たちと、彼らに給仕をするヴェールをかぶった女たちが座っている。紅や桃色、秘色の裾が、まるで花びらを散らしたようで、絵のようだ。
「陛下はあちらでお待ちです」
大理石の床をすすむと、三段の階段があり、そこにはグラリオン王、ディオが鎮座していた。
「お目にかかれて光栄です」
外国の王にまみえるのは初めてだ。アベルはやや緊張して膝をついた。あまり卑屈になっては祖国の恥になるが、傲慢になっては、この先の交渉にさしつかえが出る。
「こちらはアルベニス伯爵でございます、陛下。マーリア王女との縁談の件で来られたのです」
「ふむ。近うよれ」
言われて近づくと、国王の顔が見えた。
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