煉獄の歌 

文月 沙織

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 だが、にぶい銀色の照明の下で啜り泣くように歌うリリスという、これまた妖しげな響きの名を持つ〝歌姫〟に強烈に魅かれはじめている自分に気づいた。
「おい、終わったら、呼んでこい」
「あら」
 絵里が一瞬だけむくれた顔になった。だが、すぐその可愛らしい顔にこびを浮かべて、
「もう、パパってば、もの好きなんだからぁ」
 メロディーが終わると、早速、絵里は立ち上がった。
 少しして、ボーイが新たな酒とおつまみを運んでくるのと同時に、リリスが来た。
 ゆったりとした足取り。見るからに堅気でない男に呼ばれても、焦りも戸惑いもないことにまた木藤は魅かれた。
「おお、来たか。こっちへおいで。ほら、ここに座るといい」
 古びた黒革のソファをたたき、木藤が座をすすめると、リリスは静かに、すべるようにして座る。
 粗末なソファですら、女王の玉座のように見えてくるのだから不思議だ。
 稀に、こういう女がいる。人を圧倒するような、引きずりこむような光を放っている女。男だったらなかなかの豪傑になったろう。歌子ママもそうだったな、と木藤はふと思った。
「いやぁ、いい歌だったな、俺にはさっぱり意味はわからんが、あんた、歌手になれるんじゃないか?」
「ありがとうございます」
 相手は会釈するように、かすかに頭を下げる。巻き毛の黒髪が揺れるが、おそらくはかつらだろう。化粧が濃く、素顔はわからないが、どこかで見たような気もするのは、有名な女優にでも似ているのか。
(いや、以前、どこかで会ったような)
 数秒考えて、木藤は思い出した。
(そうだ、あの女に似ているのだ)
 思い出すと苦い記憶に胸が焼ける。
 美貌と男まさりの激しい気性で有名だった、往時の花柳界の華を思い出したのだ。
(結局、あの女は安賀に落籍ひかれたがな)
 そうして、子を産み、死んだ。
 これもまた、あまり思い出したくないことだった。
「まぁ、一杯、飲めよ」
 店で一番高い酒をグラスについでやると、リリスは艶然えんぜんと笑った。
 歳はいくつなんだ? いつからこの店にいるんだ? 出身は?
 そんな他愛もないことを訊き出そうとしてみたが、相手は鷹揚に笑ってはぐらかす。
 歳は数えていないから忘れたけれど、二千歳ぐらいかしら? この店に来たのは少し前。出身? 地獄から来たのよ。
 薄暗い店内が海の底のように変わり、木藤はめずらしく自分が酔っていることがわかった。
 とらえどころのない美しい魔性の生き物を前にして、ひどく興奮してきた。
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