168 / 181
地獄の歌姫 一
しおりを挟む紫陽花の季節も終わり、月は変わり、季節はあらたな世界を描き、やがて東洋初と言われるオリンピックがすさまじい熱気を国中にまき散らし、やがて、それも静まり、涼をふくんだ風が朝夕流れてきたおだやかな秋の夕暮れ、木藤組組長は愛人の一人にせがまれて、新宿の路地をそぞろ歩いていた。少し離れたところに護衛の男が二人つきしたがっている。
「おまえも酔狂だな、絵里」
「だってぇ、パパ、おもしろそうじゃない? 最近、有名なんだって、そのオカマ」
ゴールデン街と呼ばれるその通りは、当時ですら古びた小さな店がつらなり、独特の雰囲気をはなっている。
秋の日は釣瓶落としで、ついさっきまで赤みがかっていた空はすでに青くなり、じきに黒く闇色に変わる。だが、東京という不夜城は決して眠りにつくことなく、むしろこの辺りは今からこそ賑やかになる。
たまには若い女とこうしてのんびり歩くのも悪くない、と木藤は笑って絵里の伸ばしてくる手を握りしめた。
あれからも安賀の次男は依然として見つからない。この年はちょうど一般人の海外渡航が許可された年なので、舎弟のなかには海外へ逃げたのでは、という者もいる。
(まったく、瀬津もあんな小僧にいつまで手を焼いているのか)
他の事はすべて治まったが、それだけが気がかりだ。
ちなみに、あれから唯一無傷だった井上は、馬鹿な投資に失敗し、財産をなくし破産宣告を出したと聞く。その後も闇の債権者に追われ、一月ほどまえ、貧民街でのたれ死んでいたのが見つかったと聞いた。
(まぁ、あのオカマはどうなろうが別にいいが)
そんなことを考えていると、「ここよ」と側の絵里が腕を引く。
「あ、ほら、この店よ。すっごい綺麗なんですってぇ。歌子ママがね、話のネタに一回見に行ってみるといい、って」
歌子ママというのは、絵里が勤めている銀座のスナックの店主である。銀座ではちょっとばかり名の知れた、やり手の女性である。
「あ、あった、ほら、ここよ。えーっと、『BELLE』……ベルって読むのかしら? きっとこの店だわ」
この時代には英語はおろか、ローマ字でも読める人は少ない。絵里のような中卒で働きだした女が簡単な英語を読むのに苦労しても珍しくない。
緑色のドアを押すと、小さな間取りで、十五、六人も入ればもういっぱいになりそうだが、それでも他の店にくらべると、この辺りでは大きな店といえる。幸い、まだ時間が早いせいか、客はいない。
奥まった席に木藤は座った。ボディ・ガードたちが少し席をおいて座る。
0
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる