煉獄の歌 

文月 沙織

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地獄の歌姫 一

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 紫陽花の季節も終わり、月は変わり、季節はあらたな世界を描き、やがて東洋初と言われるオリンピックがすさまじい熱気を国中にまき散らし、やがて、それも静まり、涼をふくんだ風が朝夕流れてきたおだやかな秋の夕暮れ、木藤組組長は愛人の一人にせがまれて、新宿の路地をそぞろ歩いていた。少し離れたところに護衛の男が二人つきしたがっている。
「おまえも酔狂だな、絵里」
「だってぇ、パパ、おもしろそうじゃない? 最近、有名なんだって、そのオカマ」
 ゴールデン街と呼ばれるその通りは、当時ですら古びた小さな店がつらなり、独特の雰囲気をはなっている。
 秋の日は釣瓶つるべ落としで、ついさっきまで赤みがかっていた空はすでに青くなり、じきに黒く闇色に変わる。だが、東京という不夜城は決して眠りにつくことなく、むしろこの辺りは今からこそにぎやかになる。
 たまには若い女とこうしてのんびり歩くのも悪くない、と木藤は笑って絵里の伸ばしてくる手を握りしめた。
 あれからも安賀の次男は依然として見つからない。この年はちょうど一般人の海外渡航が許可された年なので、舎弟のなかには海外へ逃げたのでは、という者もいる。
(まったく、瀬津もあんな小僧にいつまで手を焼いているのか)
 他の事はすべて治まったが、それだけが気がかりだ。
 ちなみに、あれから唯一無傷だった井上は、馬鹿な投資に失敗し、財産をなくし破産宣告を出したと聞く。その後も闇の債権者に追われ、一月ほどまえ、貧民街でのたれ死んでいたのが見つかったと聞いた。
(まぁ、あのオカマはどうなろうが別にいいが)
 そんなことを考えていると、「ここよ」と側の絵里が腕を引く。
「あ、ほら、この店よ。すっごい綺麗なんですってぇ。歌子ママがね、話のネタに一回見に行ってみるといい、って」
 歌子ママというのは、絵里が勤めている銀座のスナックの店主である。銀座ではちょっとばかり名の知れた、やり手の女性である。
「あ、あった、ほら、ここよ。えーっと、『BELLE』……ベルって読むのかしら? きっとこの店だわ」
 この時代には英語はおろか、ローマ字でも読める人は少ない。絵里のような中卒で働きだした女が簡単な英語を読むのに苦労しても珍しくない。
 緑色のドアを押すと、小さな間取りで、十五、六人も入ればもういっぱいになりそうだが、それでも他の店にくらべると、この辺りでは大きな店といえる。幸い、まだ時間が早いせいか、客はいない。
 奥まった席に木藤は座った。ボディ・ガードたちが少し席をおいて座る。
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