煉獄の歌

三

　そして彼の向こうには、見たこともない美貌の芸者がいる。鬼乃というその女こそは、まちがいなく瀬津にとって、鬼女だった。そして、その女の腹から生まれた子ども、つまり敬こそは、鬼の子だ。
　後になって聞いた話だが、安賀猛が鬼乃の落籍を急いだのは、すでに彼女が妊娠していたからだ。敬さえ生まれてこなければ、自分たち家族は貧しくとも幸せに生きていけたはずだ。
　施設で小便臭い粗末な布団にくるまった夜、鑑別所でダニに咬まれた寝苦しい夜、男への貢物みつぎものとされて売られた夜、幾つもの夜、瀬津はそんなことを思いながら過ごしていた。
　いつか……。幾度、誓ったことか。
　この苦痛と屈辱を、何倍にもして安賀家に返してやる、と。
　木藤組組長がいずれは、おのれの勢力拡大に、安賀組を邪魔と思っていることには気づいていたので、それとなく安賀組を排除するよう焚き付けもした。
　功を奏して、安賀猛は襲撃された。直接かかわったわけではないが、安賀猛を殺したのは木藤組だ。
　このことを直接、瀬津に言うことも、事前に相談することもしないのが、木藤豪蔵という男の狡猾なところである。後に、あくまでも自分はかかわっていないと言うためと、安賀組を潰したことを瀬津の手柄にさせないためだ。失敗していれば、瀬津の責任にし、成功した今では、それを瀬津の功績にしたくないのだ。
　若頭の地位を与えはしても、木藤は決して瀬津を信用していない。
　餌を与え、命じるままに走らせはしても、いつ自分に牙を向けてくるかわからない飼い犬の鎖を、決して緩ゆるめようとはしない。木藤とはそういう男だった。瀬津も、木藤を信じてはいない。二人の関係は最初からそうだった。