煉獄の歌 

文月 沙織

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 任侠道が生きていたころに生まれていたら、さぞ名のある極道となったろう。
 だが、時代は変わった。
 今も急激に変わりつつあるのだ。これからは闇社会であっても、法律やコネをうまく使い、器用に立ち回り、経済の風向きを敏感に知る人間だけが生き延びることができるのだ。
 麻薬にも手を出し、哀れな孤児たちを売り物にし、反吐へどが出るほど嫌いな相手でも笑って接待し、危なくなれば早く逃げ、ときには子飼いの部下を身代わりにたてて犠牲にして平然と生きていけるようなヤクザ。
(木藤の親父のようにな)
 表向きは組長として敬い、尊敬しているようにふるまってはいても、瀬津の彼に対する感情は複雑だ。
 組長が若頭の頃から彼の手足となって働いてきたし、向こうも瀬津の働きぶりを認めてくれて、それなりの地位を与えてはくれた。
 だが、若き日に、彼によって男娼として仕込まれ、力のある男たちに貢物みつぎもののようにされた苦い記憶は忘れられない。恩もあるが、恨みもある男である。
「さぁ、坊や、今夜も楽しませてもらおうか」
 宇田のねばつくような台詞が、瀬津の物思いを吹き飛ばした。
「今夜もお兄ちゃんと一緒に、可愛い犬になってもらおうかな」
 貪欲さを隠そうともせず、宇田は襦袢の上から敬の太腿を撫であげる。かすかに、ほんのかすかにだが敬が眉を寄せた。
 触れれば落ちんという花の風情をしのばせる表情に、瀬津は興奮と憐憫を同時にかきたてられる。
 瀬津もやはり身の内に獣を飼っている男である。妖しいばかりに美しくなってきた敬に情欲をかきたてられる一方、この男たちにいいようにされるのかと思うと言いしれぬ苛立ちを覚えてきた。それは嫉妬、と呼ぶ感情なのかもしれないが、瀬津は認めなかった。
(大事な商品だからな。壊されては元も子もない)
 敬は、宇田に強要されるがまま、畳の上で四つん這いになった。
 衣の裾を、柏田の脂ぎった手が引く。
「白い肌だねぇ……玉のような肌だ」
 すさんだ辛い生活のなかでも、敬の肌は天性の美質をうしなわず、白絹のように張りをもって艶やかに光り、男たちを誘惑する。
 この身体に、この顔、そしてこの気性を持ちあわせ、落ちぶれたヤクザの家の息子として生まれたことは、敬にとっては不幸だったろう。
(だが、それを言うなら……)
 瀬津はまた遠い世界に思考を送ってしまう。
 世間に、不幸な生まれ育ちの人間なぞ、ごまんといる。自分もそうだったし、自分の周りをさがしてみても、不幸でない人間の方が少なかった。その不幸という泥沼のなかで、もがき、苦しみ、運命を呪い、そこで沈むか、這い上がるかは当人次第だ。
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