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六
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(あいつは本物の変態だよ)
以前、照葉が吐き捨てるように言っていたのを思い出す。
実を言うと、照葉が脱走を決心したのは、宇田の相手に呼ばれた数日後のことだった。よっぽど、逃げ出したくなるようなことをされたのだろう。
敬があれほど魂が抜けたかのように憔悴しているのを見ても、宇田が関わった件で相当疲弊させられたのだ。また似たようなことが起これば、それこそ敬の魂は本当に壊れてしまうかもしれない。
(どうにかして止めないと……)
自分に何が出来るか。嶋は煩悶した。
久しぶりに戻った安賀邸はこころなしか、ひどく寂れたように嶋の目に映った。
掃除もゆきとどいておらず、全体に活気がなく薄汚れた気がする。かつては常時三十人近くの若衆や食客がたむろしていた屋敷は、今はなんと一人の老いた使用人と、行く当てのない三人の下っ端だけである。
ここに若頭がまだ住んでいるのかと思うと、嶋は情けなくもどかしく、いたたまれない。あまりにも勇が哀れであり、自分のようなチンピラにまで哀れまれる勇がさらにまた哀れに思えてくる。
「もうこの家は木藤のものでね……」
自分たちは居候のようなものだ、と先代が若い頃から仕えていた小杉という名の老爺が情けさなそうに言う。
生活費は瀬津が送ってくれているらしい。完全に木藤の傘下になったのだ。いや、瀬津からしたら、底辺のチンピラを食わせているようなものだろう。
「極道っていうのは、力をなくしたら本当に惨めなもんだよ」
小杉老人の呟きが鼓膜に冷たく染みる。
そんな惨めな極道者の末路の話は嫌というほど聞いてきたが、まさか安賀勇がそんな敗残者の一人になろうとは、誰が思ったろう。
「会っても、若頭は……、いや、こう呼んだら怒られるんで、……勇さんは誰とも話をしやしないよ」
なんで、ああなっちまったのかねぇ……、そんな悲しい嘆きが老人の干からびた口から洩れる。
梅雨入りしたせいか、いっそう湿って見える邸内の廊下を進み目当ての室に着くと、嶋は去っていく老人の曲がった背を見送って、襖の取っ手に手をかけた。
「若頭、」
言ってしまってから、言いなおそうと思ったが、室内の人物には聞こえていないようだ。
逞しい身体を丸めて、男はなにかを睨んでいた。書画のようなもので、嶋は、それが先代が自室の壁に掛けて時折り懐かしむように見ていたのを思い出す。
部屋の掃除をしていて、はたきをかけていたとき、ふと気になって手に取って見てみたことがある。
ガラスの向こうの、墨で書かれたその漢文は難し過ぎて嶋に読めるわけもなく、意味などまるで解らなかったのを、たまたま父を捜して入ってきた勇が説明してくれた。
以前、照葉が吐き捨てるように言っていたのを思い出す。
実を言うと、照葉が脱走を決心したのは、宇田の相手に呼ばれた数日後のことだった。よっぽど、逃げ出したくなるようなことをされたのだろう。
敬があれほど魂が抜けたかのように憔悴しているのを見ても、宇田が関わった件で相当疲弊させられたのだ。また似たようなことが起これば、それこそ敬の魂は本当に壊れてしまうかもしれない。
(どうにかして止めないと……)
自分に何が出来るか。嶋は煩悶した。
久しぶりに戻った安賀邸はこころなしか、ひどく寂れたように嶋の目に映った。
掃除もゆきとどいておらず、全体に活気がなく薄汚れた気がする。かつては常時三十人近くの若衆や食客がたむろしていた屋敷は、今はなんと一人の老いた使用人と、行く当てのない三人の下っ端だけである。
ここに若頭がまだ住んでいるのかと思うと、嶋は情けなくもどかしく、いたたまれない。あまりにも勇が哀れであり、自分のようなチンピラにまで哀れまれる勇がさらにまた哀れに思えてくる。
「もうこの家は木藤のものでね……」
自分たちは居候のようなものだ、と先代が若い頃から仕えていた小杉という名の老爺が情けさなそうに言う。
生活費は瀬津が送ってくれているらしい。完全に木藤の傘下になったのだ。いや、瀬津からしたら、底辺のチンピラを食わせているようなものだろう。
「極道っていうのは、力をなくしたら本当に惨めなもんだよ」
小杉老人の呟きが鼓膜に冷たく染みる。
そんな惨めな極道者の末路の話は嫌というほど聞いてきたが、まさか安賀勇がそんな敗残者の一人になろうとは、誰が思ったろう。
「会っても、若頭は……、いや、こう呼んだら怒られるんで、……勇さんは誰とも話をしやしないよ」
なんで、ああなっちまったのかねぇ……、そんな悲しい嘆きが老人の干からびた口から洩れる。
梅雨入りしたせいか、いっそう湿って見える邸内の廊下を進み目当ての室に着くと、嶋は去っていく老人の曲がった背を見送って、襖の取っ手に手をかけた。
「若頭、」
言ってしまってから、言いなおそうと思ったが、室内の人物には聞こえていないようだ。
逞しい身体を丸めて、男はなにかを睨んでいた。書画のようなもので、嶋は、それが先代が自室の壁に掛けて時折り懐かしむように見ていたのを思い出す。
部屋の掃除をしていて、はたきをかけていたとき、ふと気になって手に取って見てみたことがある。
ガラスの向こうの、墨で書かれたその漢文は難し過ぎて嶋に読めるわけもなく、意味などまるで解らなかったのを、たまたま父を捜して入ってきた勇が説明してくれた。
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