煉獄の歌 

文月 沙織

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 彼の吐いた白い煙が、庭先に流れていき、目線がその先を追うと、三日月に照らされた庭の躑躅つつじが、妙になまめかしく闇に浮かびあがってくる。
「で、でも、あの人は小虎のお父さんを」
「親父は自業自得や。あいつは組が抗争に負けて追い詰められたとき、俺ら組員を見捨てて自分だけ逃げようとしたんや」
「え……」
 そういえば……、先ほどの二人のやりとりを敬は思い出した。事情を説明しようとした斉藤を、菅井がさえぎったのだった。
 あのときは、二人の言葉より、腕のなかで怯えていた小虎の言葉の方が耳に強く、気に留めていなかったが。
「しかも、あろうことか、坊を美少年好きの変態の金持ちに売ってな。その金で自分は台湾へ逃げようとしたんや」
「そ、そんな!」
 それが本当なら、小虎は父親に捨てられ裏切られたことになる。
「じ、実の父親だろう?」
 ふー、とまた斉藤は煙を夜に向けて吐く。
「実の親かどうかわからんけどな」
「え?」
「亡くなった姐さん……坊の母親は、ミナミのホステスやったんや。親父に見初められて、無理やり親父のオンナにされた。籍を入れたときは、すでに妊娠しとったわ。坊が親父の子かどうか、いまだに誰にもわからん。親父もずっと疑ごうておったんやろ。正直、その方が坊にとってもええかもしれへん」
 サングラスを紅い躑躅の花群はなむれに向けて、斉藤は、呟くように言う。
「けどな、坊は、あくまでも、若頭、いや、組長が親父を裏切って殺したんやと思うとる。まぁ、たしかに殺したんは殺したんやけれど、あのままやったら坊はヒヒ親父に売られてしもうたかもしれへん。組長が、悩んだ末にオヤジを殺すことを決めたんも、すべては坊を守るためやで。それと、組を立て直すためにな」
 斉藤の吐いた白い煙が、躑躅に向かって飛んでいくようだ。緋色、薄紅、桃色……いずれも夜に染まって妖しく見える。躑躅という字は、髑髏どくろという字に似ているな、と敬はぼんやり思う。
「そやけど、坊はそんなこと知りもせん。亡くなった組長は、あれでけっこう表向きは坊を可愛がっておったからな。坊は、先代を父親と信じて疑うてない。そんな坊を平気で売るような男やった」
 サングラスに覆われてはいても、斉藤の横顔はどこか寂しげに見える。
 敬もやっとわかってきた。
 おそらく、菅井は、小虎のことが好きなのだろう。
 なんとかして小虎を守ろうとしたのに、結果的には小虎の父親を裏切って殺したことになり、当の小虎に憎まれる羽目になってしまった。
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