煉獄の歌 

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
111 / 181

しおりを挟む
 相手は唇を噛む。
 一瞬、その双眼に、先ほどの大林のように翳が走ったが、夜の世界に生きる男らしく、すぐに血の通いを見せないような冷酷な顔を見せた。よく見ると、けっこう整った顔立ちだが、無表情になると厳しさがまさり、さすがに敬は口出しできなくなる。
 菅井の手が伸びてくる。
 ますます怯える小虎に、敬の口は勝手に叫びだした。
「あ、あの、俺では駄目ですか? 俺がお相手します」
 思いもよらぬことを言われたように菅井が敬を凝視してくる。
 何を言っているのだ、この小僧は、と目が云っている。
「敬……」
 小虎が、顔をあげ、敬を見つめる。何か言おうとしてか、唇が開いた。
 だが、菅井の方が先だった。
「おまえは、坊のなんなんだ? まさか、坊、こいつと妙な関係になっているんじゃないだろうな」
 小虎を見る菅井の目はけわしい。
「まったく、油断できねぇな。俺が迎えに来るのがちょっと遅かったら、もう、こんな念兄ねんけいを持っているのか?」
 怒気を込めて菅井の吐いた〝念兄〟と言う古い、あまりに意外な言葉に敬は目をぱちくりさせた。
 菅井の目には、自分たちがそういう関係に見えるのだろうか。
「おい、綺麗な兄ちゃん、言っておくが、この坊は大磯組のゆいいつの跡取りだ。あんたに渡すわけにはいかねぇからな」
「ち、ちがいます……」
 敬は戸惑い、内心驚愕した。
 あきらかに菅井は自分に嫉妬しているのだ。
「ほら、坊、おいで」
「うわっ!」
 敬が戸惑とまどっていた隙に、あっさりと菅井は小虎を抱きあげると、横抱きにかかえあげた。
「は、はなせよ! はなせったら!」
「ほら、行くぞ! 俺は客だぞ」
 その後……二人が消えた室からは、やがて小虎の啜り泣きの声が、悲しい歌のように屋敷の廊下に響いてきた。

 いてもたってもいられない敬が、廊下をうろうろしていると、先ほどの男が声をかけてきた。
「心配するな、兄ちゃん、そんな乱暴なことはしないやろ。なんせ、若頭は、坊にぞっこんやさかいな」
 斉藤と呼ばれていた男は、のんきそうに煙草をふかす。ヤクザというよりも、どこかの商店の親父、という風情だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...