煉獄の歌 

文月 沙織

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「こ、こんなの人身売買じゃないか、人権蹂躙じゅうりんだぞ!」
「そんなお行儀の良い言葉は大学の教室では通用するかもしれませんが、この世界では通用しませんよ。君だって、まがりなりにも極道の家に生まれたのなら、聞き分けないと」
「だ、だって、人身売買じゃないか! 犯罪じゃないか!」
 鬼若は、怜悧な顔をゆがめ、黒真珠のような瞳に、いっそ哀れみすら浮かべて敬を見下ろした。
「そうですよ。これは人身売買で、違法行為です。表の世界ではね。ですが、裏の世界ではまかりとおるのです。私は今までにも、親や保護者、所有者の了解のもと、女や、男の調教を引き受けてきました」
「だ、だけど、あんた、さっき、合意の上でないと……とか」
「そうです。あなたの所有者が了解しているようなので」
 まったく感情のこもらない声で鬼若は告げる。
「だ、だから、俺の気持ちはどうなるんだって!」
「奴隷に気持ちなどいりません」
「なっ!」
 開いた口がふさがらない。
 だが、驚いているのは敬だけで、瀬津も陸奥も、廊下に控えている大林も、鬼若の言葉にまったく疑問も反感も持っていないようだ。それどころか、いつまでも聞き分けられない敬を、まるで簡単な算数の問題も解けない落ちこぼれの小学生でも見るような目で見ている。
「諦めなさい。人身売買なんてよくあることなんですよ。安賀組でも、女性を売り買いしているでしょう?」
「そ、それは……!」
 痛いところを突かれて、敬は気をくじかれた。
 敬自身はかかわっていないが、仕事がらみの話で男たちが物騒な相談する声を聞いた記憶はある。
 例の女はいくらぐらいで引き取ってもらえそうだとか、借金を作って逃げた男の妻や娘をどこそこの店に出せ、とかいうような会話は、ヤクザの家では天気の話でもするように交わされていた。
 当然、それらが後ろ暗く、反社会的なことであることは、いくら若い敬でも十九になれば理解はできるが、やはりまだ学生の身には遠いことだったし、大人たちの会話には口をはさんではいけないと父からも言われていた。特に〝仕事しのぎ〟の話には。
どこかで、見たくない、関わりたくない、という逃避の気持ちがあったことも事実だ。
 そんな敬の煩悶はんもんを知ることもなく、あっさりと鬼若が命じた。
「さ、ではまず、調教するにあたって、身体を見せてもらいましょうか。服を脱いでください」
「なっ!」
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