煉獄の歌 

文月 沙織

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「まったく、とんでもないじゃじゃ馬だ。これは仕込むのに骨が折れそうだな」
「若頭……この坊主を、本当に〝鬼若おにわか〟にまかすつもりですか?」
 敬を引きはがすように掴みながら、主に訊く大林の声には奇妙に痛ましいものがある。
「ああ。しっかり仕込めば、この『龍風城』の目玉になるぞ」
「な、なに言ってるんだ!」
 わめきちらす敬が連れていかれたのは六畳ほどの和室だった。
 漆塗りの調度品が隅をかざる部屋は、まるで昔の姫君の居室のようだ。
 壁際に置かれた古風な鏡台の牡丹模様の浮き彫りが、なんともなまめかしい雰囲気を醸しだしている。ここで客が敵娼あいかたか、秘めた愛人と楽しむようになっているのだろう。
「いいか、よく聞け。おまえはこの俺に買われたんだ」
 瀬津は情け容赦なく告げる。
「冗談じゃねぇ! 俺は納得してないぞ」
 敬は怒りのあまり頬が熱くなるのを感じた。
「おまえが納得しようが、しまいが、俺とおまえの兄貴のあいだですでに話はすんでいる」
 いきりたつ敬に冷ややかな一瞥いちべつを投げつけてから、さらに瀬津はつづける。
「これから、おまえはこの屋敷『龍風城』で男娼となるべく訓練を受けてもらうぞ」
 男娼、という言葉に敬は絶句した。
「ふざけるな! 誰がそんな……! 嫌だ! 俺は絶対嫌だぞ!」
「だから、おまえの気持ちや事情なんてどうでもいいんだよ」
 ヤクザ者らしい残酷さと薄情さで瀬津は言い捨てる。
「安心しろ。おまえがちゃんと一流の男娼となるよう指導してくれる専門家を呼んである」
「な、なにを言って……! うわっ」
 どさり、と瀬津が敬を畳の上に落とす。
「若頭、ちょうど今、鬼若が来ました」
「先生とお呼びしろよ。おお、来たか、先生」
「先生はけっこうで」
 開け放しの襖から入って来たのは、和装の青年だった。
 敬は、そのはなだ色の着物姿の青年を見た瞬間、怒りも忘れて目を見張っていた。
「こちらが、今からお前の男娼教育をしてくれる調教師の先生だ。鬼若と呼ばれている。礼儀ただしくしろよ」
 鬼若と呼ばれた彼は、背は敬よりやや高いぐらいあるが、身体付きは男にしては華奢で、どことなくしんなりした青竹を思わせる。時代劇の若衆のように黒い長髪を後ろでまとめて、青色の組紐らしき紐でしばっており、紐先の房が肩になびいている様子は絵のようだ。
 だが、一目見て、普通ではない、まっとうな昼の世界の人間ではない、と思わせる雰囲気を全身から放っている。
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