煉獄の歌 

文月 沙織

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 背後で見ていた舎弟たちからもかすかな失笑がもれる。
 敬は消え入りたいほどの羞恥と屈辱に身をふるわせていた。
 もっと幼い頃、おもらしを揶揄からわわれたときのような羞恥が敬を焼き焦がす。いや、それ以上に恥ずかしい。おもらしは生理現象だが、今敬の身体に起こったことには生理的なものに、心情的なものが混じっているからだ。
 いたたまれない。身の置きどころのないほどの恥ずかしさに涙があふれた。
 逃げることもできず、兄の胸に顔をうずめてしまう。そこが敬にとっての一番の安住の地だからだ。兄の身体からは、シャツについている洗剤の清潔そうな香がただよっくる。
「困った奴だなぁ……」
 よしよし、と兄が背を撫でてくれた。
「いい子だ、敬はいい子だ」
 春の夕暮れの夢のようなひとときだった。夢はときに悪夢となって敬を脅かしもする。

 あれ以来、敬は身体が求める春の目覚めにしたがって、みずからを慰めることを知り、それを味わった。
 眠れぬ夜に、こっそりと布団のなかで行う秘密の――といっても、男ならば誰もが知っている行為だが――をおこなうとき、閉じた瞼に浮かぶのは、兄の精悍な顔だった。
 夢のなかで、凛々しく眉をひそめた兄が敬を叱責する。お仕置きだ、と言って抱えあげられ、うつぶせにされる。四つん這いを強いられる、そして……ズボンを下ろされ、尻を剝きだしにされる。
 いや、ごめんなさい、もうしません、と敬は泣いて嫌がる。だが……敬は本能で知っていた。本当は、嫌ではないのだ。
 いや、お仕置きは恥ずかしくて痛くて屈辱だが、その行為にはどこか甘美で禁忌めいたものがひそんでいて、敬の未熟な官能をそそのかすのだ。
 パシン、パシン、と兄の手が敬の尻を打つ。
 いや、いや、と敬は首を振る。同時に、かすかに白い臀部が揺れる。遠くから、舎弟たちが見ている。同情顔をしていながら、かすかに目尻を下げ、彼らは敬の白い尻を面白そうに見ているのだ。あとで、大部屋で、敬の痴態を話の種にするかもしれない。
 悔しい。悔しくて、恥ずかしい。
 けれど、やはり胸をかきむしるほどの羞恥の切なさに、ほんのすこし甘いものを感じてしまっている敬がいる。
 被虐の悦び――マゾヒズム。
 そんな言葉は当時の敬の語彙にはなかったが、夢のなかでむさぼる禁断の甘味は、まさにそれだった。

 ある夜、中学ももうすぐ卒業という頃、敬が寝入りばなにその禁忌の悦楽に酔いかけていると、いきなり襖が開き、飛び跳ねそうになった。
「な、なに!」
 薄闇のなか、勇は申し訳なさそうな顔をした。仕事の付き合いでもあったのか、ほろ酔い加減だ。
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