煉獄の歌 

文月 沙織

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早春の襲撃 一

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 庭の桜がそろそろほころびはじめた日の朝、さわやかな早春の風をつきやぶるような音が安賀やすが組屋敷の前で起こった。
 その音が銃声だと気づいた安賀けいは、すぐさま布団をはねのけて、障子を開けた。
「坊ちゃん、いけません!」
「どけ!」
 敬付きの若衆、しまが止めるのもきかず、パジャマ姿のまま走りだす。
「坊、出てはいけません!」
「うるさい、どけ! どけったら!」
 廊下や広い玄関でも、いかめしい顔の男たちが敬の行く手をはばもうとするのを、機敏な動きでかわし、靴もはかずに裸足で、敬は弥生の朝空の下に飛びでた。
「兄さん!」
 外気の冷たさよりも、目の前の光景に敬は身ぶるいしそうになった。
「馬鹿、来るな!」
「坊ちゃん、来ちゃいけねぇ!」
 黒塗りの高級車を楯にして、兄勇と、側近の立林たてばやしは拳銃をかまえて敵を睨んでいた。
 少し離れたところで、暗殺者らしき男も銃をかまえている。
 ちょうど男と車のはざまに、人が倒れている。黒い背広姿のその背に見覚えがある。中堅の組員だ。
 地面に見えるどす黒い染みは血だろう。ぴくりとも動かぬその身体が、すでに命を失っているのは明らかだ。敬は叫びたいのを必死にこらえた。
 さらに男のかまえる拳銃が音を放つ。それに合わせて、兄たちの武器も火を吹く。何度か激しい音が響きわたり、車のフロントガラスに皹が走る。
「坊ちゃん、そこは危ない! こっちへ!」
 屋敷から出てきた組員の一人が、背後から敬を羽交い絞めにした。
「は、はなせ!」
 必死にふりほどこうとした。細身の身体ではあっても合気道で鍛えている。そこいらのちんぴらや不良少年なら負けはしないと思うが、本職の極道相手にはかなわない。
「いけません! 餓鬼の出る幕じゃない!」
「畜生! 嶋、やめさせろ!」
 下っ端の嶋は、困ったように年長の組員と敬を見ているだけだ。
 首をひねって、自分を抑えこむ組員を睨みつけてやると、相手は一瞬、この時代にはめずらしい、敬の二重ふたえのぱっちりとした目の放つ鮮烈な光にひるんだが、腕の力はゆるがない。
「坊ちゃんに怪我させるわけにはいきません」
「くっ!」
 敬は怒りに燃えた。
 先月、十九になった。もう子どもではないはずだが、組員たちから見れば、自分はまだまだひよっこなのだ。それが証拠に、主筋の自分がどう抗っても組員の手をふりほどくこともできないでいる。
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