黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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宮廷の獣たち 七

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 アベルは声を必死におさえているようだが、エンリケの耳は、心は、悲しげな人魚の歌声に魅入られていた。
 伝説の人魚は、美しい上半身と歌声で船人たちを海という奈落の底にひきずりこむが、まさにエンリケもアベルという名の美しいあやかしの歌声にまどわされつつあった。
 今、エンリケはアベルという名の麗しくも妖しい生き物に魂をうばわれようとしているのだが、そのことを当のエンリケはまるで自覚しておらず、ひたすら見えるものを凝視していた。
「ほら、準備万端だ。産んでみせろ」
 悲痛なアベルの声。
 最初、エンリケは公爵の言っていることがよくわからなかった。
 だが、時がすすむにつれ、意味がわかってきた。
 そして、アベルが弱々しい理由も。
 苦しげな呻き声がつづいた果てに、影が奇妙に揺れ、やがて……。
 エンリケは興奮する身体をもてあまし、内心、懊悩した。
「ああっ、いや、いや! 見、見るな!」
「もったいぶるなよ、今更。ほら、もっと力をいれて、きばってみろ。まだ少し出てきただけだぞ」
 いやらしく笑いながら、公爵が右手でアベルの尻を撫でたり、別の手で前方に悪戯しているのがわかる。
「ああっ、ああっ、み、見てはいけない……!」
 ついに、アベルを苦しめ、心をくじかせ、その魂を去勢していたものの正体が知れた。
 奇妙な音をたてて、台上に落ちたものがなんなのか、エンリケのいるところからでも判った。エンリケはますます興奮し、体内であれくるう熱風にみずからさいなまされた。
「まるで海亀の産卵だな。しかも、産み落としながら気をやるとは。本当にたいした淫乱になったものだな」
 下品な侮辱の言葉を放ってから、公爵が笑い声をひびかせる。
「あっ、ああっ……!」
 誇りをずたずたに切り裂かれたアベルは、台につっぷす形になり、嗚咽している。
 以前のアベルを知る者は、今のはかなげな風情のアベルを見て、同一人物とは思えないだろう。
 そう。アベルはか弱げではかなげなのだ。
 なぶられて泣いている麗人のすがたに、エンリケは奇妙なときめきすら覚えていた。
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