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宮廷の獣たち 二
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笑うといっそう狡猾そうな顔になる。
エンリケ=アビラは、フェルディナンド王の子ではないかと噂されたことがある。
父アビラ子爵が、別荘で催した狩猟大会の折、たまたま子爵の領地へ遊びに来ていた国王をもてなすため、己の妻を差し出したといわれているからだ。それからほどなくして子爵の妻は懐妊し、人々は、あれは王の胤ではないかと囁いた。
だが、長じるにつれてエンリケは子爵に似てきたので、噂はいったんおさまったが、厄介なことに子爵は、もともとは王の母が夫、つまり王の父の死後、年下の騎士と恋仲になり秘密結婚のはてに産んだ息子であり、ために子爵と王は異不兄弟となるので、容貌が子爵に似ても、かならずしも王の胤ではないとも言い切れなくなった。王は父よりも母方の祖父に似ているといわれ、その男は子爵にとっても祖父になるのであるから。
フェルディナンド王とアビラ子爵も異父兄弟だけあって、どことなく顔立ちに似ているところもあり、ためにエンリケがアビラ子爵に似ているということは、フェルディナンド王にもわずかながら似ているということであり、エンリケが子爵の子なのか、王の庶子なのか、おそらく亡くなった子爵夫人その人ですら判断できないだろう。
王族貴族の世界にはままある因果と血縁のからみあうややこしい事情を背景にして、エンリケは生まれ育った。
子爵には他に男子がいなかったため、おもてむきは後継者としてエンリケをだいじに養育してきたが、かならずしも愛情ぶかいわけではなく、エンリケもまた物心ついたころから周囲の大人たちや実の母から出生の事情を聞かされていたので、こちらもまた、父となるアビラ子爵にはさして敬意も愛情ももっていなかった。
(俺は、もしかしたら王太子になっていたかもしれない)
そんなことを折に触れて思う野心家でもある。思えば、形式上の父、アビラ子爵自身も王族の庶子として生まれ、ゆがんだ自尊心と劣等感をつねに背負っている人物なのだ。
そしてさらに歪んだ感情は攻撃欲となって、たまに噴き出してくるのだ。アベルに対する異常な敵意や悪意も、そのせいだろう。
エンリケはさらに屈折した想いをつねにかかえ、深い劣等感と、ひがみねたみが欲望となって変性し、異常な性的嗜好を持つ男になっていた。今も、ねばつくような視線を、去っていくアベルに向けている。
エンリケ=アビラは、フェルディナンド王の子ではないかと噂されたことがある。
父アビラ子爵が、別荘で催した狩猟大会の折、たまたま子爵の領地へ遊びに来ていた国王をもてなすため、己の妻を差し出したといわれているからだ。それからほどなくして子爵の妻は懐妊し、人々は、あれは王の胤ではないかと囁いた。
だが、長じるにつれてエンリケは子爵に似てきたので、噂はいったんおさまったが、厄介なことに子爵は、もともとは王の母が夫、つまり王の父の死後、年下の騎士と恋仲になり秘密結婚のはてに産んだ息子であり、ために子爵と王は異不兄弟となるので、容貌が子爵に似ても、かならずしも王の胤ではないとも言い切れなくなった。王は父よりも母方の祖父に似ているといわれ、その男は子爵にとっても祖父になるのであるから。
フェルディナンド王とアビラ子爵も異父兄弟だけあって、どことなく顔立ちに似ているところもあり、ためにエンリケがアビラ子爵に似ているということは、フェルディナンド王にもわずかながら似ているということであり、エンリケが子爵の子なのか、王の庶子なのか、おそらく亡くなった子爵夫人その人ですら判断できないだろう。
王族貴族の世界にはままある因果と血縁のからみあうややこしい事情を背景にして、エンリケは生まれ育った。
子爵には他に男子がいなかったため、おもてむきは後継者としてエンリケをだいじに養育してきたが、かならずしも愛情ぶかいわけではなく、エンリケもまた物心ついたころから周囲の大人たちや実の母から出生の事情を聞かされていたので、こちらもまた、父となるアビラ子爵にはさして敬意も愛情ももっていなかった。
(俺は、もしかしたら王太子になっていたかもしれない)
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そしてさらに歪んだ感情は攻撃欲となって、たまに噴き出してくるのだ。アベルに対する異常な敵意や悪意も、そのせいだろう。
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