黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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魔軍の行進 八

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「はい。今回の勝利は、伯爵の尽力なくしてあり得なかったでしょう」
 大広間に居並ぶ貴族たちのあいだから、かすかな声が響いてきそうだ。 
「ほう。それは、それは」
 王の卑しげな笑いに、あらためてオルティスは確信した。フェルディナンド王は、あの禁断の書物を読んでいるのだ。
 もともと、敬虔な信者で潔癖な女王とちがって、王には狡猾なところがある。乱世にちかいこの時代、狡猾でない権力者などいないだろうが、とくにフェルディナンド王は策謀家として近隣諸国に知られている。気性にもどこか冷酷かつ残酷なところがある。
 女王も苛烈なところがあるが、女王の場合はどこまでも、自分は正しいことをするという信念に裏打ちされた、揺らぐこともなく折れることもしない、一途さゆえの激しさなのにたいして、王の場合は、そこに攻撃的な闘争心、残虐かつ陰湿なものがふくまれていた。
 だが、そういった負の素質は、この時代の統治者には少なからず求められるものであって、逆に、そういったところがまったくない人間に、国を守り、治めることはできないだろう。
 気性がまっすぐで凛冽な女王と、腹黒く邪知に長けた王は、一見合わないようでいて、実は互いにないものを補っているというところで、ある意味理想的な夫婦だった。
 今、そのフェルディナンド王の卑劣で残忍な性分が出てきている。
 女王はいぶかしむような目で右隣の夫を見た。
 さすがに女王はあの書物を読んではいないのだろう。
 だが、アベルにたいする粘つくような視線は、貴族たちのあいだからも送られてきている。居並ぶ貴顕紳士と、その傍によりそう貴婦人たちの意味ありげな視線がアベルの背にあつまる。
 彼らは妄想のなかで、あのいかがわしい書物の美青年にアベルをかさね、世にも珍しい見世物でも見るような目でアベルを観察しているのだ。
 皆いかにも貴族らしく上品ぶって取り澄ました顔をしておきながら、内心では残酷な好奇心をおさえきれないでいる。オルティスは、たまらない不快感をおぼえた。いっそ石床の上に唾を吐きたくなった。
 アベルは視線の針束を背に受けながら、なにを思っているのか……。
 オルティスは心配でたまらなくなってきたが、アベルのほっそりとした背は、かすかにふるえ、次の瞬間、しなるようにして、しっかりと伸びた。
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