黄金郷の白昼夢

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
111 / 184

魔軍の行進 八

しおりを挟む
「はい。今回の勝利は、伯爵の尽力なくしてあり得なかったでしょう」
 大広間に居並ぶ貴族たちのあいだから、かすかな声が響いてきそうだ。 
「ほう。それは、それは」
 王の卑しげな笑いに、あらためてオルティスは確信した。フェルディナンド王は、あの禁断の書物を読んでいるのだ。
 もともと、敬虔な信者で潔癖な女王とちがって、王には狡猾なところがある。乱世にちかいこの時代、狡猾でない権力者などいないだろうが、とくにフェルディナンド王は策謀家として近隣諸国に知られている。気性にもどこか冷酷かつ残酷なところがある。
 女王も苛烈なところがあるが、女王の場合はどこまでも、自分は正しいことをするという信念に裏打ちされた、揺らぐこともなく折れることもしない、一途さゆえの激しさなのにたいして、王の場合は、そこに攻撃的な闘争心、残虐かつ陰湿なものがふくまれていた。
 だが、そういった負の素質は、この時代の統治者には少なからず求められるものであって、逆に、そういったところがまったくない人間に、国を守り、治めることはできないだろう。
 気性がまっすぐで凛冽な女王と、腹黒く邪知に長けた王は、一見合わないようでいて、実は互いにないものを補っているというところで、ある意味理想的な夫婦だった。
 今、そのフェルディナンド王の卑劣で残忍な性分が出てきている。
 女王はいぶかしむような目で右隣の夫を見た。
 さすがに女王はあの書物を読んではいないのだろう。
 だが、アベルにたいする粘つくような視線は、貴族たちのあいだからも送られてきている。居並ぶ貴顕紳士と、その傍によりそう貴婦人たちの意味ありげな視線がアベルの背にあつまる。
 彼らは妄想のなかで、あのいかがわしい書物の美青年にアベルをかさね、世にも珍しい見世物でも見るような目でアベルを観察しているのだ。
 皆いかにも貴族らしく上品ぶって取り澄ました顔をしておきながら、内心では残酷な好奇心をおさえきれないでいる。オルティスは、たまらない不快感をおぼえた。いっそ石床の上に唾を吐きたくなった。
 アベルは視線の針束を背に受けながら、なにを思っているのか……。
 オルティスは心配でたまらなくなってきたが、アベルのほっそりとした背は、かすかにふるえ、次の瞬間、しなるようにして、しっかりと伸びた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...