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魔軍の行進 五
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人々はアベルに気付くと、今までとは違ったどよめきを送った。
もともとアベル=アルベニス伯爵は美貌と知性で庶民にも知られており、人気が高い。バルトラ公爵とおなじくらい有名である。
だが、民衆の彼を眺める目には、たんに有名な貴族を見るだけのものではなかった。
「アルベニス伯爵だ」
「相変わらずお美しい」
「……ご無事だったのだな」
人々の声には、驚きと讃嘆、そしてほかにも奇妙な響きがふくまれていた。
庶民のあいだでも、あの書物はかなり知られてきているようだ。書を読んだり、触れたりできる中流階級以上の人々は、回し読みしたり、貸し借りしたり、または集まってこっそり読んだりしているのだろう。すでに、それほどにあの禁断の書物は知れわたっているのだ。
だが、今の神々しいほどに美しいアベルを見て、やはりあれは絵空事なのだろう、と思う者もおおいはず。しかし、架空の話とは思っていても、現実を彷彿させる物語の文や絵にアベルをかさねる者もやはりおおいだろう。
想像と妄想のなかで、アベルはいよいよ汚され、貶められ、晒され、そして強烈に見る者たちの魂を揺さぶるのだ。
アベルを見上げる民の目には、感嘆と、同情、好奇、好色さとさまざまな人間の情念がこもっている。
「伯爵は本当にお美しい。あんな美しい人はめったにいないだろう。グラリオンの人間も、伯爵を見たら驚いたことだろうな」
「……やっぱり、あの噂は嘘だな。帝国の捕虜になられて……異教徒の王に、なぞ」
「いや、わからんぞ。もしかしたら、本当に……」
「よせ、眠れなくなる」
笑い声がかすかに聞こえてきたりもする。
そんな声が聞こえているのか、いないのか、アベルの横顔は、固さを増していっている。
青白く映えるアベルの肌が、ほんのりと赤らんで見えてきた。
(……身体が熱くなってきているのだろうか?)
卵は煮たものなので、割れる心配はないが、それだけに終わることなき焦燥と軽い掻痒感をアベルにあたえつづけるのだ。
弱いところを徹底的に責めたてる、これは苛烈な拷問だ。
もともとアベル=アルベニス伯爵は美貌と知性で庶民にも知られており、人気が高い。バルトラ公爵とおなじくらい有名である。
だが、民衆の彼を眺める目には、たんに有名な貴族を見るだけのものではなかった。
「アルベニス伯爵だ」
「相変わらずお美しい」
「……ご無事だったのだな」
人々の声には、驚きと讃嘆、そしてほかにも奇妙な響きがふくまれていた。
庶民のあいだでも、あの書物はかなり知られてきているようだ。書を読んだり、触れたりできる中流階級以上の人々は、回し読みしたり、貸し借りしたり、または集まってこっそり読んだりしているのだろう。すでに、それほどにあの禁断の書物は知れわたっているのだ。
だが、今の神々しいほどに美しいアベルを見て、やはりあれは絵空事なのだろう、と思う者もおおいはず。しかし、架空の話とは思っていても、現実を彷彿させる物語の文や絵にアベルをかさねる者もやはりおおいだろう。
想像と妄想のなかで、アベルはいよいよ汚され、貶められ、晒され、そして強烈に見る者たちの魂を揺さぶるのだ。
アベルを見上げる民の目には、感嘆と、同情、好奇、好色さとさまざまな人間の情念がこもっている。
「伯爵は本当にお美しい。あんな美しい人はめったにいないだろう。グラリオンの人間も、伯爵を見たら驚いたことだろうな」
「……やっぱり、あの噂は嘘だな。帝国の捕虜になられて……異教徒の王に、なぞ」
「いや、わからんぞ。もしかしたら、本当に……」
「よせ、眠れなくなる」
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そんな声が聞こえているのか、いないのか、アベルの横顔は、固さを増していっている。
青白く映えるアベルの肌が、ほんのりと赤らんで見えてきた。
(……身体が熱くなってきているのだろうか?)
卵は煮たものなので、割れる心配はないが、それだけに終わることなき焦燥と軽い掻痒感をアベルにあたえつづけるのだ。
弱いところを徹底的に責めたてる、これは苛烈な拷問だ。
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