黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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グラリオンの夜、ふたたび 六

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「なぁ、聞いたぞ」
 公爵がアベルの耳もとに息を吹きかける。
「アイーシャとかいう淫乱女は、おまえに、……みずからを慰めることを要求したのだろう?」
 オルティスは自分の身体が発火しそうになったのを悟った。傍観者のオルティスがそうなのだから、アベルはそれこそ爆発寸前だろう。
「ち、ちがう! ちがう、ちがう!」
 顔を真っ赤に焦がし、アベルは首を横に振って必死に否定する。
 その様子は、激しい雨に打たれた薔薇の落花寸前のあやうさと哀愁と、それでいてふしぎなことに、えも言われぬ幽玄さにあふれている。
「ちがうというのか? 宦官や奴隷たちのまえで、おまえは自らの手で、おのれを慰め、果ては……よろこんで腰をゆらしたというではないか?」
 嘲笑を含んだ声に神経が焼ききられそうになったのは、オルティスの方が先だったかもしれない。
「う、嘘だ! そんなことは、すべて嘘だ!」
 オルティスは雷に打たれたような激しい衝撃に息をつくことさえできないでいた。
 この気品あふれる貴公子が、帝国の人間からみれば魔窟ともいうべき異国の後宮で、敵王のいやしい妾に命じられ、みずからを慰めた……? しかも、そのあとの言葉は、オルティスの想像を超えていた。
「おや、ちがうのか、ドミンゴ? 俺はおまえの口からそう聞いたと思ったが」
 にやにやと、世にも下卑たる笑いを浮かべ、公爵はドミンゴに訊いた。
 そんなやりとりを見ているオルティスは、ますます複雑な気持ちになった。
 この公爵も帝国ではかつてのアベルとおなじく一、二をあらそう名家の貴公子であり王のおぼえもめでたい。女王の一番の寵臣はアルベニス伯爵で、王の一番の側近はバルトラ公爵だと世間では認識されている。かつてのアベルと勝るとも劣らず将来有望で立派な人物とみなされているのに、敢えておのれの品位を下げるような真似をしている。
「ああ、お許しください。あのことは……さすがに私でも、絵を世に出して他の人間に伝えることはできませんでした」
 アベルを背後からしっかりと抱きしめ、ドミンゴは、やけに悲痛がかった声で言う。
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