黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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禁じられた夜 九

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 そうなると、A伯爵とは誰のことだ、と当然ながら囁かれだし、そのつど名が挙がるのはアベル=アルベニス伯爵だった。彼が異国に旅立ってからこの書物が出回りはじめたのだから、当然だろう。
 しかも、容貌といい、描写にある「眉目秀麗かつ頭脳明晰、品行方正、生まれながらの名門貴族の子弟」となれば、アベル以外に考えられない。
 貴族も庶民も、人々は宮廷の廊下の片隅や、大通りの角で、ひそひそと囁きあった。
 もしそれが真実なら……、帝国の貴族が敵国の後室に飼われ、異教徒の卑しい宦官や邪悪な側室のなぐさみものになるなど、とんでもないことだ。
(我が国への侮辱だ)
 オルティスのみならず、そう憤慨する者もいた。もし、真実ならば……と前置きして。だが、真実であるわけがない、と体裁ぶって打ち消されてきた事実である。
 帝国から女王の名代として派遣された使者を、性奴隷にするなど、あり得るわけがない。
 この時代、世界は帝国のものだった。
 帝国、と人々は呼びならわしているが、それが正式名称となるのは女王の嫡子である王太子の御代になってからである。だが、今すでに、祖国は諸外国から〝帝国〟と呼びならわされ、そうなりつつある。
 厳密には女王が夫である王とおさめる祖国は、二人の君主をいただく王国である。両王の統治のもと、諸国を平定し、強大な権力と周辺諸国への影響力を持ち、さらに歴史にも稀な大帝国としての名誉と栄華を得、殷賑いんしんをきわめつつある超大国の、由緒ただしい名門貴族のアベル=アルベニス伯爵が、よもやこんな目に遭わされるわけがない。
(女王陛下のお気に入りは、向こうの女にももてるな。ハハハハハ)
 すんでのところでオルティスは、酔っぱらって、そう言った朋輩――ブラスという――赤毛の男を殴りそうになった。
(見てみろよ、この絵。凄まじいぞ)
 殴れなかったのは、悔しいが、その言葉に気をくじかれたせいだ。
(ほら、これを見ろよ。卵を入れられて悶える伯爵……。しかし、うまいな、この絵。天才だぞ、ここまで描けるのは。見ろよ、この肌に浮かぶ汗……、生きているようだ)
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