黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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黒い轍 十

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 出立前にバルトラ公爵を睨みつけた碧玉の瞳は憎悪に燃えて、今オルティスを睨みつけてきている。
(こんなこと、してはいけない……)
 理性はそう訴えるのに、手は本能にしたがって動いてしまう。
 自分の内に、卑しい獣がひそんでいたことをオルティスは今はじめて知った。
「伯爵……」
 オルティスの頬も上気していた。
「ん……、んぐ」
 アベルが悔しそうに顔をゆがめ、首を横に振る。
 離せ! 触るな! と表情が伝えてくるが、オルティスは止められない。
 そして、内心あらためて感嘆した。
 粗末な衣に身をつつんでいても、はずかしめられおとしめられていても、この生まれながらの貴人は、美しいのだ。
 そろそろ傾きかけている陽光を、黄金の巻き毛が吸い込む。太陽の光を独り占めしているほどにアベルは眩しい。
(こんな、こんな凄い人が、……今、俺の手で……悦んでいるのだ)
 オルティスもまた激しく興奮した。
 性的興奮もさることながら、国一番の麗人を思うがままにできるこの状況に有頂天になりかけていた。
 指に力を込めると、アベルはいっそう悔しげな顔になり、眉をしかめて、逃れるように目を閉じる。
 そうはさせじと、オルティスは指の動きを変えてみる。
「ふぅ……」
 アベルが首をもたげ、背を伸ばし、それからやるせなさそうに身をよじる。これほど浅ましく淫らな姿態でありながら、それでいて気品があることに、オルティスは内心首をひねった。
 馬の手綱を右手だけで器用に取りながら、オルティスはさらにアベルの身体に触れようとした。
 ドミンゴが自分を見ているのを感じる。
 恥じ入るよりも、見せつけてやりたいという異様な気持ちになってくる。
 だが、次の瞬間、それまで照っていた太陽が曇った。刹那、オルティスは息を飲んだ。
(俺は……なにをしているのだ?)
 自分が異常なことをしていることに気づいたオルティスは、手の動きを止めた。
(どうかしてしまっている、俺は……)
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