黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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黒い轍 一

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 本来、公爵のような身分高い人は、みずから罪人を縛ることなどないはず。だが、いま目の前で喜々としてアベルを縛りあげている公爵の捕縛の腕前は、一流といっていいほど確実で無駄がない。
(この人はやはり……)
 オルティスはエゴイ=バルトラ公爵という人物がひどく奇妙で、はかりしれなく恐ろしい人間に思えてきた。 
 その間にもアベルは決して逃げられないように馬に縛りつけられていく。
「ほら、足を広げて、またがれ」
「ああっ」
 衣の裾がまくれあがったときは、オルティスの方がひやりとしたが、幸い、膝が見える以上には捲れることもなく、アベルをもっとも苦しめている異物の存在はかくされている。 
 アベルはとうとう両腕を馬の頭絡に縛りつけられ、胸も腰も縄の衣をまとわせられてしまった。これだけ巧みに雁字搦めにしばられると、落ちる心配はないが、逃亡はまず不可能である。
 馬が、周囲の人間の奇妙な行動に動揺したように嘶く。
「おお、よしよし、どうどう」
 声を馬にかけつつも、公爵の手は、あろうことか、アベルの臀部をはたいた。
「うう……」
 馬の首あたりに腕を巻き付けるかたちになったアベルは、自然前かがみになり、その分、下半身を上げるような、なんとも浅ましい姿勢を取ってしまう。
 神の教えを信じる国で、昼日中の人目のあるときに、貴族ならずとも人が取ってはならない姿である。
 オルティスは自分でもふしぎだが、激しい怒りと恥辱に身を焼かれる気分になった。
 彼の若者らしい清廉さが、この嗜虐的な行為に義憤を感じさせるのだ。
 アベルが仮に反逆の罪を犯したとしても、こんなふうに貶める必要があるのだろうか。
 だが、オルティスには止めることはできない。公爵のすることに、一介の隊長が口出しできるわけがない。この時代、身分の差は絶対だ。
「よし。いいぞ。そら、動かすぞ。いいか、ドミンゴ、しっかり手綱を持っていろ」
 一瞬、アベルの顔色が変わったのをオルティスは感じた。
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