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妄執の地にて 一
しおりを挟む「アベル、待て!」
砂埃が舞い、馬の脚に矢が突き刺さった。
嘶きがひびくと同時に、馬からころげ落ちたアベルは肩に痛みを感じた。次には顔に砂がつき、土の匂いが鼻をかすめる。
「捕まえたぞ、もう二度と逃さぬ!」
獲物をしとめた猟師のように満足顔でエゴイが馬から下りてきて、アベルの腕をつかみ、引き起こす。
「公爵、一緒に逃げた者はどうしますか?」
「しばらくは牢に放りこんでおけ」
従者に命じると、エゴイはアベルの背についた泥を払ってやり、そして、あらためて自分のとらえた美しい獲物を眺めた。
「まったく、顔に怪我でもしたらどうするつもりだ? 本当に手のかかるじゃじゃ馬だな、おまえは」
「うっ」
アベルは痛みに顔をゆがめながらも、エゴイと向きあうように立つと、碧の瞳にたぎる怒りをこめて、己の行く手をさえぎった男を睨みつけた。
その不遜なまでに激しく美しい目が、どれほど目の前の男の欲望をあおるか、アベルは未だに理解できていないのだ。
(この美しい男は、俺のものだ)
エゴイはそう胸に強く想いながら、捕虜を抱きしめる。
「はなせ!」
「はなすものか。ふふふふふ。もう逃がさんからな。覚悟しろ。この逃亡の罪には、あとでたっぷり罰を与えてやるからな」
黄昏の王国グラリオンの太陽は、遠くから二つの影に光を降らしつづけた。
アベル=アルベニス伯爵と、エゴイ=バルトラ公爵。若き二人の貴族は異郷の地で対峙しつづけ、たがいに怒りと憎しみ、欲望と愛欲をはなちつづけていた。
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